ノンテクニカルサマリー

産業集積は高生産性企業の立地をひきつけるか? 逆選択における製品市場の役割

執筆者 René BELDERBOS(KU Leuven / UNU-MERIT / Maastricht University)/深尾 京司(ファカルティフェロー)/池内 健太(上席研究員(政策エコノミスト))/金 榮愨(専修大学)/権 赫旭(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

生産性の異なる企業の立地選択に対して産業集積が与える影響について、先行研究は一致した結論を見出していない。一方では、生産性の高い企業は集積地での競争の激化を生き残る可能性が高く、産業集積地に特化した専門的な生産要素からより多くの恩恵を受ける可能性がある。しかし他方では、生産性の高い企業は、近接立地するライバル企業に知識がスピルオーバーするリスクが高く、近隣の事業所間の知識の波及という点では受け取るよりも多くを他企業に与えてしまう可能性がある。本研究では、既存の生産性の水準が正確に観察できる複数事業所企業の立地選択に注目して、企業の生産性と産業集積の関係性について分析をおこなった。特に、産業集積が立地選択に与える影響について、同一市場内のライバル企業(同じ国内市場で販売している企業)の集積と同一市場で直接競合していない企業(輸出企業)の集積の影響を区別して比較分析した。

日本の製造業における新規参入事業所の市区町村レベルの立地選択について分析した結果、産業集積が企業の立地選択に与える効果はその企業の生産性の高さによって異なることがわかった。具体的には、生産性の低い企業は産業集積地を新規参入事業所の立地として選択する傾向がある一方で、生産性の高い企業はむしろ産業集積地を避ける傾向がみられた。さらに、非輸出企業の立地選択において、非輸出事業所の産業集積地をより強く避ける傾向がみられた。下図は、産業平均と比べた相対的な全要素生産性(TFPプレミアム)の高い非輸出企業では、新規設立事業所の立地選択確率に対して非輸出事業所の産業集積が与える影響は負になることを示している。

図:全要素生産性プレミアムと非輸出事業所の産業集積に対する非輸出企業の事業所の新規設立確率の弾力性
図:全要素生産性プレミアムと非輸出事業所の産業集積に対する非輸出企業の事業所の新規設立確

これらの分析結果は、生産性の高い企業は競合企業の産業集積地を避ける一方で、生産性の低い企業は逆に競合企業の産業集積地にひきつけられる傾向を示している。したがって、企業の立地選択において、いわゆる「逆選択」のメカニズムが働いていると考えられる。つまり、既存の事業所と生産性の高い新規参入企業が同じ(国内)市場を共有している場合、既存の競合企業の競争力の向上は新規参入者の市場シェアと収益性に直接影響を与える可能性が高いため、生産性の高い新規参入企業にとって知識のスピルオーバーに関する懸念が顕著になる。しかし、参入企業と既存企業が同一市場を共有していない場合、つまり、参入企業が輸出市場をターゲットとし、既存企業が国内市場をターゲットにしている場合、またはその逆の場合は、産業集積は立地選択に対してポジティブな効果を与える。

政策的な観点からすれば、産業集積の経済的な恩恵を最大化するためには、生産性の高い企業が近くに立地することが望ましいと考えられる。そのため、本研究の分析結果は、市場全体としてより望ましい産業集積を実現するためには、生産性の高い企業をより産業集積地にひきつけるための一定のインセンティブを与える政策の正当性を支持するものである。一方で、優良企業ほど混雑を避けるインセンティブが大きいということは、非産業集積地の地方自治体にとっては朗報かもしれない。このような立地選択における遠心力が、地域経済のダイナミズムの原動力になっている可能性があることも重要な点である。企業の異質性と立地選択、市場競争と集積の外部性といった複雑な相互依存関係を解き明かし、産業集積のダイナミクスについてより精緻な理解を深めていくことが、今後の研究課題である。