ノンテクニカルサマリー

電子商取引が出生率に与える影響:中国農村県レベルのパネルデータに基づく実証研究

執筆者 小松 翔(東京大学)/馬 欣欣(法政大学)/鈴木 綾(東京大学)
研究プロジェクト グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)」

中国では多くの先進国と同様に過去数十年にわたり出生率が急速に低下している。また、中国では未富先老(豊かになる前に老いる)状態にあることから、出生率を上げるための政策を確立することが中国政府の優先課題となっている。中国では一人っ子政策が長年実施されてきたが、2013年に夫婦双方または一方が一人っ子である場合、二人目の出産を認められ、ついに2015年に一人っ子政策は撤廃された。さらに、2021年には全ての夫婦に対し、3人目の出産も認められるようになったが、依然として出生率は停滞している。出生率の停滞、および少子高齢化の背景に農村の空洞化が挙げられるが、電子商取引は出稼ぎ収入に引けを取らない就業機会を農村内で拡大させることで、所得効果や機会費用などの代替効果を通じて出生率に対して影響を及ぼすことが示唆される。

本研究は電子商取引の先進地域かつ、出生率が低い省の代表として江蘇省に焦点を当て、江蘇省の公式統計を用いて2011年から2019年における県レベルのパネルデータを構築し、計量分析により農村電子商取引と粗出生率(ある地域の出生数が同地域の平均人口に占める割合)の因果関係を明らかにする。アリババのシンクタンクである阿里研究院は、農村電子商取引のクラスターとして①経営場所が行政村、②年間の電子商取引総額が1,000万元以上、③電子商取引を活発に行っているオンラインショップが100以上、または村の全戸数の10%以上、これらの条件を満たす村を淘宝村と定義している。本研究では農村電子商取引発展の指標として各県において、①淘宝村が存在するかどうか、②淘宝村がいくつあるかの2つを用いる。主な分析結果は以下のとおりである。農村電子商取引が粗出生率に与える影響は江蘇省の三大区域経済である蘇南、蘇中、蘇北の地域間で差異があるものの、江蘇省の県全体(市轄区を除く)を用いた分析では、多様なパネルデータの分析モデルを活用した実証研究の結果によると、農村電子商取引が粗出生率を統計的有意に減少させる効果を持つことが示された(表1)。また、その効果の大きさは淘宝村の有無で約0.1%、淘宝村の数で約0.1~0.2%で、粗出生率の平均値が約1.1%であるため、農村電子商取引が粗出生率に与える負のインパクトは決して小さくない。さらに農村電子商取引が粗出生率に与える負の影響は第一次産業就業比率が高い地域で大きく、経済発展水準が高い地域で小さい。そして、江蘇省の三大区域経済である蘇南、蘇中、蘇北のサブサンプル分析を行った結果、経済発展水準が最も低い蘇北で農村電子商取引が粗出生率に与える負の影響がより顕著に見られた。また、蘇北では分析期間中の粗出生率が最も高かったことを考え、過去の出生率の水準が農村電子商取引の出生率に与える影響を分析した。その結果、粗出生率が高かった地域で農村電子商取引が出生率に与える負の影響が大きいことが示された。また、経済発展水準と粗出生率の間にはU字型の関係(横軸:経済発展水準、縦軸:粗出生率)があること、人口密度が高い県で粗出生率が低く、第一次産業就業比率が高い県で粗出生率が高いことが明らかになった。

表1 農村電子商取引が粗出生率に与える影響(抜粋)
表1 農村電子商取引が粗出生率に与える影響(抜粋)
注:(1), (3), (5), (7)では各県において淘宝村が存在することが粗出生率に与える影響を、(2), (4), (6), (8)では各県における淘宝村の数が粗出生率に与える影響を分析している。固定効果モデルは、各県で時間によって変化せず、観察・計測できない特性(気候、生活習慣や価値観・文化など)の影響を取り除く推定方法である。操作変数法は因果効果を推定する際に内生性問題(例えば、上記の観察・計測できない要因が粗出生率およびタオバオ村の有無/数の両方に影響を与えること)に対処する推計方法の一つである。動学的固定効果モデルは状態依存問題(例えば、前年の粗出生率が当年の粗出生率に影響を与えること)に対処する推定方法である。( )内はロバスト標準誤差を示す。***p < 0.01、**p < 0.05、*p < 0.1。

実証研究の結果は、以下の政策的含意を持つと考えている。農村の電子商取引は粗出生率に負の影響を与える結果が得られた。今後、少子化の対策として、江蘇省政府は農村電子商取引による出産の機会費用を軽減する政策を考慮すべきである。淘宝村の繁栄や、電子商取引に従事することで人々がより良い生活を送っていることが数々の事例で示されているため、今後も政府はアリババなどのプラットフォーム企業とともに農村電子商取引の発展を促進していくだろうが、出生率の低下を防ぐためには、電子商取引関連就業の柔軟性と裁量性を重視し、子育てに自由な時間を使えるメリットをより多くの人に認識させることが必要であろう。また、農村電子商取引が出生率に与える影響は地域雇用構造と経済発展水準によって異なるかどうかに関する分析結果を踏まえ、江蘇省政府は、第一次産業就業者の割合が低く、経済発展のレベルが高い地域における農村電子商取引を優先的に推進することで、農村電子商取引が粗出生率に与える負の影響を緩和することが可能である。