ノンテクニカルサマリー

企業の消費者需要認知の向上が市場成果に与える影響の分析

執筆者 田中 健太(武蔵大学経済学部)/東田 啓作(関西学院大学)/馬奈木 俊介(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人工知能のより望ましい社会受容のための制度設計
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人工知能のより望ましい社会受容のための制度設計」プロジェクト

市場での取引価格や消費者需要の予測を行うより精度の高いAIアルゴリズムの利用普及が進んでいる。AIアルゴリズムの普及は、消費者の選好を反映した財やサービスの供給を実現し、社会的余剰を拡大する可能性がある。一方で、AIアルゴリズムやアルゴリズム予測におけるデータの利活用の在り方が市場の競争を弱める、いわゆるデジタルカルテルが発生する可能性が経済理論モデルに基づいた分析によって示唆されている。しかし、AIアルゴリズムが市場競争に与える影響は十分に明らかになっていない。そこで本研究では、AIアルゴリズムのなかでも消費者の潜在的な製品需要予測を行うシステムに焦点を当て、その利用による企業の消費者需要の認知向上が市場成果に与える影響について検証を行う。検証のために、消費者の製品特性に対する選好の違いを円周上の距離で表すSalopの円環モデルに基づいたラボラトリー実験を行った。Salopの円環モデルは、色やデザインなどの異なる製品特性違いを想定した消費者の製品選択、及び多様な選好を持つ消費者の潜在的需要を捉えようとする企業行動を描写することに適している。オンラインショッピングなどにおける製品選択も分析の対象とすることができる。

本研究では、複占の状況を仮定して2名のペアを1グループとし、各実験セッションで複数のグループが参加する実験を行った。実験参加者は企業(売り手)として意思決定をし、それぞれのグループのペア2人は同じ市場で製品を販売する競争相手となる。実験参加者は自社が販売する製品の特性を4種類から選び、その後、製品の販売価格を選ぶ。初期時点においては、それぞれの製品特性を好む消費者の確実な数が実験参加者にわからない設定となっている。こうした状況で、AIアルゴリズムのなかでも消費者の潜在的な製品特性に対する需要を予想するアルゴリズム利用を想定した実験を行う。ペアとなった実験参加者はそれぞれの製品特性の潜在的需要を予測し、かつ競争相手となるペアのもう一方の市場参加者の意思決定状況を鑑みながら、利潤の最大化を目指す意思決定を繰り返し行う。各実験参加者が自社製品の購入者から得る「どの程度好みに合っていたか」についてのフィードバック、および意思決定後の結果得られる情報にもとづき需要予想を行うシステム(需要予想システム)の利用可能性(各グループのうち一人、もしくは両者)について実験トリートメントを設定することで、AIアルゴリズムに近似したシステムの利用による企業の需要予想精度向上が市場競争に与える影響を識別する。

本実験では研究目的の達成のため、資本力差、消費者からの製品特性に対するフィードバックの有無、需要予想システム利用の可否に差異を与えた6つの実験トリートメントを設定し、各状況にもとづいた実験結果から、需要予想システムの存在が市場成果に与える影響を分析した。図表1は各実験における設定の違いをまとめている。図表1において〇印が付されている場合、付されたトリートメントにおいて資本力差、消費者フィードバック、需要予想システムの利用がそれぞれある状況を示している。

資本力差に〇印が付されている場合、ペアのうち片方の参加者の各ラウンドの初期資金が多い設定となっている。消費者からのフィードバックに〇印が付されている場合、製品の購入者それぞれから50%の確率で製品に対する評価を受け取る状況を設定している。需要予想システムに〇印が付されている場合、各グループのペアのうち1人がシステムを利用できる状況を示している。ただし、◎を付したトリートメント6においては、ペアの両者ともに需要予想システムを利用可能である設定となっている。

図表1 実験トリートメントごとの設定について
図表1 実験トリートメントごとの設定について

生産者の利益(Producer profits)と消費者の余剰(Consumer surplus)について、消費者からのフィードバック、需要予想システム、資本力差がすべてない状況で実験を行ったコントロールグループの実験結果と各トリートメントの実験結果とを比較したものを図表2に示している。実験結果から得られた帰結として第1に、需要予想システムの導入が各実験参加者の製品特性選択に影響を与え、競争を促進し、製品特性のすみわけにもとづいた結託的な企業行動を阻害する可能性が示された。とくにトリートメント3においては、消費者余剰の拡大が明確に認められるが、トリートメント5、6においても、需要予想システム以外の設定が同様のトリートメントと比較すると、生産者余剰がより低く抑えられている傾向がみられた。第2に消費者からのフィードバックのみが情報として与えられるトリートメントでは、消費者からのフィードバックがない状態よりも、企業間の結託が行われやすい傾向が示された。第3に資本力差が企業間に存在する場合、製品の特性選択に対するすみわけが行われやすくなり、市場競争が弱まる結果が示された。本研究の結果、企業の消費者の需要認知を向上させるAIアルゴリズム導入による企業の消費者需要の認知向上が、市場成果に大きな影響を与える結果が示された。

図表2 生産者利益、消費者余剰のコントロールグループとの比較結果
図表2 生産者利益、消費者余剰のコントロールグループとの比較結果