ノンテクニカルサマリー

再生可能エネルギーの急速な拡大が電力市場価格に与える影響:機械学習とシャプレー加法を用いて

執筆者 下村 瑞枝(九州大学)/キーリー アレクサンダー 竜太 (九州大学)/松本 健一(東洋大学)/田中 健太(武蔵大学)/馬奈木 俊介(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人工知能のより望ましい社会受容のための制度設計
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人工知能のより望ましい社会受容のための制度設計」プロジェクト

変動性再生可能エネルギー(VRE)の増加は、電力系統に大きな変化をもたらしている。限界費用の低いVREの発電量が増えることで電力市場価格を引き下げる効果は、メリットオーダー効果(Merit-Order Effect、MOE)と呼ばれ、特に欧州を中心にMOEに関する分析が進んでいる。しかし、電力市場の適切な設計、運用には、MOEの分析を超えて、電力市場価格に影響を与えている要因をより詳細に理解することが重要となる。そのため、本稿では、これまでの電力市場価格に関する研究で変数として用いられてきた需要量、VREによる発電量、燃料価格に加え、認可発電容量から停止設備の容量を差し引いた運転可能容量を変数として採用し、これらの変数の1時間ごとの値を用いて、機械学習のアプローチにより市場価格の変動要因を検討した。

市場価格の変動要因として最も大きかったのは需要で、次いで太陽光、運転可能容量、燃料価格となった。風力発電が市場価格に与える明確な影響は観察されなかったが、これは風力発電の発電量の少なさによるものであると考えられる。年、時間帯、季節による分析では、昼間の市場価格に対する太陽光発電の低減効果は時間とともに増加し、時間帯や季節によって低減効果が大きく異なることが明らかになった。また、夏の夕方には太陽光発電によって間接的に市場価格が増加する傾向にあることが示された。特に、太陽光発電による MOE は、需要に応じて変化した。小さい方から90%程度までの需要で約 0.11 円/kWh、上位 10%の需要で約 0.20 円/kWh の低減効果であり、需要が増加すると MOE も増加することが示唆された。これは、天然ガスなど、夕方の立ち上げ変動や急変動に対応できる限界費用の高いエネルギー源が当該時間帯に使用されるためだと考えられる。これらの結果から、VRE、需要、運転可能容量の市場価格への影響はいずれも非線形性が高く、各要因単独ではなく、需要との相互作用によって大きく異なることが明らかになった(下図参照)。

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図
データソース:筆者等作成
注:X軸はそれぞれ太陽光発電量(a)と需要量(b)、Y軸はSHAP値(ベースラインからの予測価格変化)を表す。

日本本土の電力供給は9つのエリアに分かれており、各エリアには相互に行き来する電力接続線がある。しかし、接続線の容量には限りがある。発電量に占める太陽光発電の割合が最も高い九州では、VRE電気の導入が制限されることもある。再エネの導入をさらに拡大するためには、接続回線の増強、再エネの種類の多様化、地理的に分散した場所への設置が重要である。

日本では太陽光発電が急速に普及する中、特に10万kW以上の従来型発電所は減少の一途をたどっている。太陽光発電のMOE による市場価格の下落は、既存発電所の収益性を悪化させ、結果的に市場価格の高騰を招き、ピーク負荷やベースロード容量の変化を誘発することが、欧州の電力市場を対象とした研究で明らかにされており、日本においてもこのような影響が出始めていることが本研究により明らかとなった。このような傾向は、脱炭素化への移行過程では当然のことかもしれないが、そのペースによっては、安定的な電力供給のリスクともなる。今後のスムーズな移行には、従来型発電所を含む発電所の導入・移行ペースを適切に管理し、VREの普及を支える柔軟性を高めることができる適切なソリューション(デマンドシフト、蓄電、系統拡張など)を導入するための政策支援が必要であるだろう。

本稿では、再生可能エネルギーは市場価格を下げる MOE を持つだけでなく、電力系統の構造変化を動的に促す可能性があることを示した。MOEの議論にとどまらず、移行過程の変化も含めた多角的な視点からVRE拡大の影響を検討し、悪影響を最小限に抑えるための対策を講じることが必要である。