ノンテクニカルサマリー

水害と融資の再配分:新たな証拠

執筆者 小倉 義明(早稲田大学)/グエン・ドゥクジャン(早稲田大学)/グエン・チュハ(モナシュ大学)
研究プロジェクト 経済・社会ネットワークとグローバル化の関係に関する研究
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「経済・社会ネットワークとグローバル化の関係に関する研究」プロジェクト

近年、水害被害額は著しい増加を示している(図1)。気候変動に関する政府間パネル(IPCC、2021)は、過去100年の平均気温1度の上昇は人間の活動に起因することを明らかにし、今世紀末までにさらに平均気温が2度から4度程度上昇することで、極端な降雨や干ばつが世界各地で増加する可能性を指摘している。日本においても、21世紀末までに2(4)度の平均気温上昇があった場合、日中降雨量が200㎜を超える豪雨日数が1.5(2.3)倍増加するとの予測が公表されている(文科省・気象庁、2020)。こうした差し迫った危機に対応するため、主要国の金融規制当局で構成されるFinancial Stability Board (2021)は気候変動リスクが金融市場に与える影響の定量的把握の必要性を訴えている。

図1 水害被害額(2011年価格表示)
図1 水害被害額(2011年価格表示)
(出所)「水害統計調査」(国土交通省)

こうした状況を踏まえて、本研究では、水害が企業の資金調達、投資行動に与える影響を統計的に検証した。震災の影響、あるいは水害が企業業績や地価に与える影響については、すでに研究が存在するが、水害が企業の資金調達行動に与える影響については、これまで十分に検証されてこなかった。検証に当たっては、中小企業の大規模パネルデータ(2010-20年)と銀行(全国銀行と信用金庫)財務パネルデータに、「水害統計調査」(国土交通省)に収録されている各市町村の被害額データを接続したものを用いた。

検証結果の概要は、以下のとおりである(表1)。まず、被災市町村に所在する企業では、建設業を中心に、売上高が増加し、長期借入が増加する。ただし、直接被害を受けて固定資産の売却・除却損を計上した企業では、借入は減少する。銀行レベルで見ると、水害による貸出金の変動は有意には見られない。この結果は、銀行が、被災地域内において、直接被害を受けた企業から、同地域内に所在するものの直接には被害を受けなかった企業に融資を再配分させていたことを示唆している。水害後の設備投資も長期借入と同様の傾向を示している。直接被害を受け、銀行借入が減った企業は、企業間金融への依存度を高めたことも明らかとなった。

被災市町村内でも比較的安全な地区に所在する企業は、被災後も稼働し続けることができるため、復旧関連需要がこれらの企業に集中し、結果としてこれらの企業で資金需要が高まったと推測される。他方、直接被害を受けた企業では、水害リスクが改めて認識され、担保価値の低下などにより資金制約が強まった可能性を上記結果は示唆している。

災害復旧支援に当たっては、文字通りの復旧ではなく、上記のような安全な地域への自然な資源再配分を促す施策が望まれる。水災被害の半分程度が公共インフラへの被害であり、これらの復旧需要が民間企業の財務健全性を向上させる。他方、こうした公的費用の増加が、国や地方の財政負担をどの程度増加させるかに注視する必要がある。

表1 水害後の企業金融:回帰分析の主要結果
(注)被説明変数はそれぞれの列の先頭に表示。係数の推定値と標準誤差(括弧内)。他の変数の係数は省略した。***, **, * はそれぞれ1%、5%、10%有意水準で係数がゼロと異なることを示す(両側検定)。
表1 水害後の企業金融:回帰分析の主要結果