ノンテクニカルサマリー

モビリティとワクチン接種がCOVID-19の感染動向に及ぼす影響:4か国の州・都道府県別日次パネルデータによる分析

執筆者 増原 宏明(信州大学)/細谷 圭(國學院大學)
研究プロジェクト コロナ危機後の資本蓄積と生産性向上
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「コロナ危機後の資本蓄積と生産性向上」プロジェクト

われわれの研究では、2020年初頭より日本を含むいくつかの国々について公表データを広く収集し、今般のCOVID-19パンデミックに関する実証研究を行ってきた。本論文では、カナダ、ドイツ、イタリア、そして日本の州・都道府県の日次パネルデータを構築して、ワクチン接種がモビリティとCOVID-19の陽性者数に与える影響を分析した。PCR検査陽性者数についてはConfirmed by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins Universityを、モビリティについてはGoogle COVID-19 Community Mobility Reportを、そしてワクチン接種については図1の各データを用いて、それぞれのデータを接合した。サンプル期間は2020年6月1日から2021年11月30日(ワクチン接種日基準)、サンプルサイズは97地域×548日である。4か国の選定理由は、2021年11月末時点でのワクチン接種状況が似通っていること、感染の拡大と抑制を経験していること、上記のデータを日次パネルデータとして構築可能なことである。ワクチン接種が、Residential (在宅) とPCR検査陽性者数に及ぼす影響を、水曜日と土曜日のデータを用いて分析した。モビリティとしてResidentialを用いることと曜日を限定する理由は、以下のとおりである。第1に、Googleデータは曜日別基準値として2020年1月3日〜2月6日の5週間の曜日別中央値を用いており、すべての曜日を用いるよりも特定の曜日での比較が適していることである。第2に、基準値設定期間以降の土日以外の祝日(国民の休日)において、異常値が出やすいため、祝日の多い曜日を避けるためである。第3に、カテゴリによっては変動が大きいことである。Googleも指摘するように、基準値での滞在時間が少ないと、滞在時間が少し伸びるだけで、変化率としては大きなものとなりやすい。在宅で1日のかなりの時間を過ごしており、Residentialの変化は小さいため、これを用いた。さらに日本の消費の回復の弱さを分析すべく、Googleデータの中のGrocery & Pharmacy (日常的な買い物) とRetail & Recreation (非日常まで含めた買い物) を用いての分析も行った。

図1:データセットの概要
図1:データセットの概要
  1. 日本の消費の回復が弱いのはなぜなのか
    他の国々と比較して、日本のマクロ消費水準の回復は芳しいものとはいえない。背景にはさまざまな理由が考えられるが、その一端が本論文の実証研究を通じて明らかにされていると思われる。このことは、膨大な情報を整理して、データセット構築上、比較的難易度の高い国際比較分析を試みた本論文の意義を示すものでもある。
  2. ワクチン接種は各国においてモビリティを促したが、日本の平日での促進効果は弱い
    経済的な観点からみたワクチン接種の意義は、接種の進展が人々の間に安心感をもたらし、それによって買い物やレクリエーションをはじめとしたモビリティが促され、経済の再開や回復に寄与することである。分析結果より、日本の平日(水曜)のモビリティはそれほど強く促進されておらず、低調な消費回復の状況と関係していると考えられる。今後はテレワークの実態等も踏まえ、より詳細な検討が必要である。
  3. 日本とイタリアではワクチン接種が新規陽性者数を低減させた
    疫学的、医学的な観点からみたワクチン接種の意義は、感染リスクそのものを低減させたり、感染した場合でも重症化を抑止したりすることである。日本、カナダ、ドイツ、イタリアについてみると、新規PCR検査陽性者数を抑えるのに特にワクチンが有効だったのが日本とイタリアである。これについて、ワクチンの貢献が小さいと推測される場合、背景にどのような要因があるのかを考察することは非常に重要である。
  4. 季節性を考慮した日本でのワクチンの感染抑制効果は週あたり0.639~2.951%
    本論文ではデータに基づいて日本におけるワクチン接種の有効性が具体的に推計されており、いくつかある重要な分析結果の一つである。それによると、仮にワクチン接種率が100%となった場合、新規PCR検査陽性者数を週あたりで0.639~2.951%抑制する。ワクチン接種率が2021年9月25日時点での70%程度とした場合には、0.447~2.066%となった。これらは季節性を考慮したものであるが、疫学分野の研究と比較可能であり、推計値は似通っている。こうした類似性は本論文の推計が適切に行われていることの傍証になりうる。
  5. ワクチン接種が進む一方でパンデミックが予想以上に長期化すると、楽観ムードを警戒すべき
    ワクチン接種により、日本においてもモビリティが促進されるが、新規感染者数は減少したという結果は、先行研究と似通っている。しかしながら、4か国における相対的な影響に関する解釈が異なる。日本におけるモビリティの促進の程度はいずれの指標でも他の3か国に比べて小さく、モビリティの指標を買い物にした場合でも同様で、とりわけ水曜日においては促進効果が確認できなかった。楽観ムード(緩やかな意味での楽観主義)のまん延を防ぎ、感染者の抑制には相対的には成功したが、同時に消費の回復の遅さというコストを支払うこととなった。過度な楽観ムードのまん延の防止と、適切なアラートの発信という、両立困難な政策のかじ取りが依然として求められる。