ノンテクニカルサマリー

海外留学が大学生の外国語能力構築に与えるインパクト:回帰不連続デザインを用いての分析

執筆者 樋口 裕城(上智大学)/中室 牧子(ファカルティフェロー)/Carsten ROEVER(メルボルン大学)/佐々木 みゆき(早稲田大学)/八島 智子(関西大学)
研究プロジェクト 日本におけるエビデンスに基づく政策形成の定着
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「日本におけるエビデンスに基づく政策形成の定着」プロジェクト

コロナ禍によっていったんは停滞してしまったものの、留学への機運は高まりつつあった。文部科学省の調査によると、2009年には3.6万人であった日本人の留学者数は、2017年に10万人の大台に乗り、2019年には10.7万人まで増加した。「国際」を冠した学部学科の設立も相次ぎ、千葉大学は2020年度以降に入学する全ての学部生・大学院生の在学中の海外留学を原則とした。2020年度はコロナ禍のために留学者数は0.1万人にまで激減してしまったが、ウィズ・コロナの社会経済の正常化が進み出入国制限の緩和が進むにつれ、留学者の数はコロナ前の水準に戻っていくことが期待される。

しかしながら、留学の因果効果は実のところよくわかっていない。それは、誰が留学に行くのかという自己選抜の問題があるためだ。留学に行った学生の前後比較をしても、留学に行くような学生は行かない学生と比較して学習意欲が高く、コミュニケーション力やその他もろもろの能力も高い。そのため、留学に行かずに国内で勉強したとしても、外国語能力を構築している可能性が高い。他方、留学に行った学生とそうでない学生を比較すると、そもそもの違いを拾ってしまうことになる。例えば横田ほか編(2018)は、留学経験者約4500名と非経験者約1300人を対象とした大規模アンケート調査に基づき、留学には非常に大きな効果があり年収にして100万円以上のリターンがあると分析している。だが、こうした大きな差は、留学に行くような学生とそうでない学生のそもそもの違いも含めてしまっている。つまり、自己選抜の問題が考慮されていない。

本研究では、学部生・大学院生向けの留学支援の奨学金プロジェクトを対象として、選考時のスコアを使った回帰不連続デザインにより、奨学金の因果効果を測定した。直感的に言えば、ぎりぎり選考に受かった学生と落ちた学生を比較するという分析だ。合格点を大きく上回って余裕で合格した学生と、合格点を大幅に下回っている学生は比較対象としてふさわしくない。しかし、合格点付近に限れば、たまたま書類審査員あるいは面接官との相性がよかった、あるいは、面接で自分の得意分野の話題になったなど、ほぼランダムな要素で合否が分かれるという状況を利用した分析となる。

分析の結果、奨学金の存在により学部生・大学院生の留学確率が40ポイント上昇していることが明らかとなった。これは、合格した学生のほぼ全員が留学に行くのに対し、不合格であった学生の60%しか留学に行かないということを意味する(図を参照)。つまり、奨学金の存在により多くの学生の留学が後押しされている。通常の奨学金等のプロジェクトにおいて、合格者には定期的に振り込みを行う必要があるためその留学状況がプロジェクト実施主体に把握されている。しかし、不合格者からのデータが集められることは稀である。本研究では、不合格者からもデータを集めることで、奨学金の留学促進効果の定量化が可能となった。不合格の学生のうちの60%「も」の学生が、他の奨学金や自己資金により留学していると言えるかもしれない。

また、応用言語学者とともに独自に開発した語用論的な英語力を測る試験を用いて測定したところ(Roever et al., 2022)、奨学金によって英語力が12%(もしくは、0.42標準偏差)上昇していることが明らかとなった。これは統計的に有意な向上である。さらに、応用言語学の研究において外国語能力向上における重要な説明因子とされている国際的指向性と外国語コミュニケーション能力の認知に関するスコアも、奨学金によって有意に向上することが明らかとなった。つまり、奨学金によって学部生・大学院生の留学が後押しされ、英語力が向上し、さらなる外国語能力向上につながるような態度が醸成されているのである。

今後の課題として、奨学金が労働市場へのアウトカムに与える影響を分析したいと考えている。奨学金を得てから、留学に行って帰国しそして就職活動を終えるまでには数年のラグがある。そのため、帰国後の就職状況に関する十分なサンプルサイズのデータが集まっておらず、統計的に意味のある分析ができていない。賃金や初職の特徴などのデータを集めることで、労働市場におけるアウトカムに関する分析を行っていきたい。

図
注:縦軸は4週間以上の留学をしていたら1というダミー変数で、横軸は合格点を0点として標準化した選考時のスコアで回帰不連続デザインの割当変数となる。合格点で約40ポイント分のジャンプが見られる。
参考文献
  • Roever, Carsten, Yuki Higuchi, Miyuki Sasaki, Tomoko Yashima, and Makiko Nakamuro. 2022. “Validating a test of L2 routine formulae to detect pragmatics learning in stay abroad,” forthcoming in Applied Pragmatics.
  • 横田雅弘・太田浩・新見有紀子(編)、2018年、『海外留学がキャリアと人生に与えるインパクト:大規模調査による留学の効果測定』、学文社。