ノンテクニカルサマリー

自己制御資源と罰則制度遂行:実験室内実験からの事実

執筆者 亀井 憲樹(リサーチアソシエイト)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

人々が利己的に振舞うのを自制するのには限りがあることが知られている。利己的行動を含め様々な誘惑に対して自らを制御するのに必要な人々の内的資源は『自己制御資源』と呼ばれるが、本稿では、(A)人々の自己制御資源の大きさと(B)社会的ジレンマ下での正式な罰則制度導入に対する選好の関係を、実験室内実験を行うことで検証した。この実験では、膨大な心理学実験を通じて自己制御資源の大きさに影響を与えると知られているタスクを用い、被験者の自己制御資源の大きさを系統的に変えることで、この関係を定量的に考察した。

 

実験結果によると(以下の図を参照)、自己制御資源が摩耗していない時には、過半数以上が(正式な罰則制度には頼らず)分権的なモニタリングとピア・ツー・ピアの罰則で社会的ジレンマを制御する決定をし、そのような集団行動によって実際に高い相互協力を実現した。一方で、自己制御資源が摩耗し小さい場合には、過半数以上が、導入に固定コストがかかるにも拘らず規範逸脱者が自動的に罰則を受ける正式な罰則制度に投票し、同制度が導入された。その下で、非協力者に対して抑止力のある強い罰則率をグループが設定することで高い協力を実現した。

図:正式な罰則への支持率
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図:正式な罰則への支持率
注:ディスカッション・ペーパーのFigure 3を日本語訳にした図。

この投票パターンはセルフ・コントロール選好と不平等を嫌う選好を基にしたコミットメント行動によって説明できる。この経済理論によると、自己制御資源が小さい人は、ただ乗りをする誘惑に屈しないように我慢をすると大きなセルフ・コントロールコスト(負効用)を被る。従って、そのような個人は、コミットメント装置として、投票でただ乗りをする誘惑を事前に取り除くことで効用を高めることができる。実験室内実験からの事実は、社会的ジレンマの文脈での行動経済理論の予測力とコミットメント選好の役割を提案していると解釈することができる。

世の中の多くの事象は社会的ジレンマの構造を持っているが、本結果は様々な現実の設定での政策的示唆を持つ。例えば、新型コロナ危機など感染症危機下で、ソーシャル・ディスタンスや外出抑制を促すなど抑制が社会的最適である場合に適用が可能である(なお、新型コロナ危機を含め各危機が社会的ジレンマかどうかの考察も重要である。抑制の経済的影響の方が抑制による社会厚生の改善よりも大きい場合・フェーズでは、そもそも抑制をしないことが社会的最適であるため、経済的に自粛は不必要であり本研究の対象外である。本稿は新型コロナ下での抑制が社会的最適か否かを考察する研究ではない)。その前提下で、人々が自粛疲れを起こしておらず自己制御資源が十分大きい場合には、自粛要請・モニタリングなど分権的な解決策を模索することで社会的余剰の最大化につながり、また、それが人々の選好にも合致することを意味する。一方で、人々が自粛疲れを起こしている、もしくは人々の自己制御資源を超えるレベルの抑制が社会的余剰の点から望ましい場合には、正式な罰則制度の遂行を通じて強制的にインセンティブ構造を変えることで行動変容を求めることが経済効率的な解決策であり、それが人々の選好にも合致する。その他、環境問題(国内レベルでの対策や国際協調のおける多国間関係)、銀行による融資活動など、当該項目が社会的ジレンマで表される場合にも適用できる。その場合、企業の自主規制でジレンマ解決(社会的最適解)を目指すのか、政府が積極的に関与して罰則・規制や制度的枠組みを作るのかは、当該の利害関係者の自己制御資源の大きさによって適切な方策が変わることを意味する。

 

まとめると、ジレンマ下での正式な罰則制度の選択に際し人々の声を反映させることの効果が分かった。人々の自己制御資源の大きさは、観測される行動から推測はできるものの、正確には本人にしか分からない。本実験では、正式な罰則制度と分権的なインフォーマルな方策の選択を被験者自身に委ねたが、自己制御資源の大きさによって人々の制度選好は明確に分かれ、また、自らが選んだスキーム下で(正式な制度、インフォーマルな対策下それぞれで)効率的な高いレベルの相互協力を実現した。現実にジレンマ解決を目指す際にも、関係者が社会的最適行動を正しく認識し、その上で、関係者の声が集合的意思決定に何らかの形で反映できる仕組みを持つことが有益である可能性があると言える。