ノンテクニカルサマリー

サプライチェーンでの波及からみた都市封鎖の調整の必要性

執筆者 井上 寛康(兵庫県立大学 / 理化学研究所)/村瀬 洋介(理化学研究所)/戸堂 康之(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト COVID-19禍のもとのマクロ経済:その実証的分析と復興への道程
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「COVID-19禍のもとのマクロ経済:その実証的分析と復興への道程」プロジェクト

2020年より発生したCOVID-19の感染拡大を防止するために各国政府は地域や都市の封鎖を行ってきた。実際、2020年4月は世界的な感染の第1波と捉えられるが、158の国が何らかの封鎖を行った。このような封鎖が経済的な損失を伴うことは自明であるものの、それがどの程度であるかの推計は容易ではない。その理由のうちの重要なものとして、一部の地域で行われている封鎖であっても、サプライチェーンを通じて他の地域に影響を及ぼすことが挙げられる。

本研究はこれまで行われてきた、国内企業を覆う企業間取引データに基づくシミュレーションに関する一連の研究(Inoue and Todo 2019a, Inoue and Todo 2019b, Inoue et al., 2021, Inoue et al., 2022, Inoue and Todo 2022)を拡大し、封鎖が行われるときの影響を、産業間の同時性、地域間の同時性の観点から分析したものである。

主な結果は以下のようにまとめられる。

1.一都道府県の影響の拡大については、封鎖の対象都道府県のGRPと、その結果であるGDPの損失が線形的な対応を示した。この結果は、災害時などにおいて供給不足が連鎖を引き起こすことで、初期のショックが小さくても大きな被害を引き起こし、単純には比例しないこと(Inoue and Todo2019a)に比べて対照的であった。この理由は、封鎖(日本においては緊急事態宣言、以後こちらを用いる)のショックは災害などに比べると小さく、サプライチェーンの中で代替性が発揮され、吸収されるためである。

2.緊急事態宣言の対象を(1) 宿泊・娯楽、 (2) 飲食と(1)、(3) 小売業と(2)、(4) 全産業、という段階別で推計したところ、(1)から(3)までの影響は非常に限定的であった。この理由は、これら産業が最終需要に近いためである。すなわち、サプライチェーンにおいて、供給不足に比べれば需要不足の連鎖の影響は非常に限定的であるためである。

3.全都道府県に緊急事態宣言を出すことを想定し、全都道府県に同時に4週間発出する影響と、3か月の間に各都道府県に任意のタイミングで4週間発出する場合の差を推計した(下図)。結果は同時に発出するほうが統計的に有意に経済損失を抑えられるものの、年間のGDPで計算するとその差はわずか0.7%程度となった。

特に最後の結果について検討を加えると、緊急事態宣言の発出自体は確かに経済的損失を伴うものの、別々の地域の間の調整は少なくとも日本国内のサプライチェーンに基づいた本モデルの推計では差がほとんど見られなかった。今後COVID-19や他の感染症の拡大で地域の活動を制限する際には、経済的な影響よりも、機動的に感染症の拡大を優先することに1つの根拠を与えるものである。

ただし、本研究で用いた中間財の種類が187であることは大きな制限である。実際にはより多くの財が存在し、固有性の高い財の不足はより深刻な影響につながりうる(Inoue and Todo 2019b)。本研究の文脈における中間財の検証は今後の課題である。

図:緊急事態宣言を全国に4週間発出する際のGDP損失の推計
図:緊急事態宣言を全国に4週間発出する際のGDP損失の推計。横軸は日数、縦軸はGDP損失の%。青のラインは47都道府県同時に4週間発出した場合であり、30ケース。グレーのラインは3か月のうち47都道府県が独立に任意のタイミング、非同時で4週間発出した場合であり100ケース、赤のラインはそのうちの3ケースについてランダムに選んだもの。右上の挿入図は、非同時と同時の損失の総和のバイオリンプロットであり、年間GDPでの割合で示してある。
参考文献