ノンテクニカルサマリー

コロナ下の一斉休校が小学生の算数の認知・非認知能力に与えた影響の実証分析

執筆者 浅川 慎介(佐賀大学)/大竹 文雄(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装」プロジェクト

新型コロナの蔓延により、日本では2020年3月2日から小・中学校、高等学校で全国一斉 臨時休校(コロナ休校)が実施され、感染状況が深刻な地域では対面授業が同年5月末まで行われなかった。対面授業の再開後は、各学校は休校による学習損失を補うために、夏季休業期間の短縮、運動会や遠足といった行事の中止や縮小などを行った。このような、コロナ休校とその後の学習時間の増加が小学生の学力や非認知能力に与えた影響を明らかにするため、本研究では「休校前後の比較が可能」「高頻度」という分析上の利点をもつ奈良市の算数テスト『学びなら』を用いて、コロナ休校によって2019年度から20年度にかけて小学4年生と5年生の学力や非認知能力が変化したのかどうかを検証した。さらに、休校中・休校明けの生活状況の違いによって、コロナ休校が学力や非認知能力に及ぼす影響に差があったか否かを検証した。

学力については、アウトカムに『学びなら』の毎学期末の算数テストの結果を用いた。コロナ休校は2019年度の3学期末であったため、休校前のデータが1学期分(2019年度1学期は学力四分位の計算に使用)、休校以降は4学期分のデータを分析に用いた。本研究では、休校を経験した生徒(2019年度に小学4年生と5年生)に加えて、2019年以前の休校を経験しなかった2017年度に小学4年生のコホートの2017年度と18年度(小学5年生については2018年度と19年度)のデータを用いてイベントスタディーを行うことで、学期ごとに「休校の影響」の平均的な処置効果を推定した。

非認知能力については、アウトカムに毎年12月に行われている『学びなら 児童アンケート』の結果を用いた。具体的には、算数に関する「主体的に学習に取り組む態度」を尋ねた10個の質問(例:授業ではよく先生に質問する、宿題をきちんとする、など)を用いて、「あてはまる/ややあてはまる」の場合1をとる学習意欲ダミーを作成した。分析方法は、休校を経験した学年(2019年度に小学5年生)と休校を経験しなかった学年(2018年度に小学5年生)の休校前後の12月の学習意欲ダミーの変化を差の差の分析(DID)で推定した。

加えて、休校中・休校明けの生活状況による効果の異質性を検証するため、コロナ休校中の2020年5月、および休校明けの6月に行われた『学びなら 生活状況調査』を用いて、生活状況に関する10項目の質問について個別にダミー変数を作成した(朝食・自宅学習・やる気・不安の有無など)。これらの生活状況ダミーが学力や非認知能力に与える影響を項目別に推定し、「個人・学期ごとの休校時の生活状況の影響(10項目)」と「学期ごとの休校の平均処置効果」を合計することで、生徒・学期ごとに「休校のグループ平均処置効果(GATE)」を計算した。

分析の結果、学力に関しては3つのエビデンスが得られた。第1に、休校のあった2019年度の3学期については、短期的に児童の算数の点数が下がった。第2に、休校明けの2020年度1学期以降は一貫して休校時に学年が上であった小学5年生の方が4年生と比較して学力の回復が早かった。第3に、休校中・休校明けの生活状況の良さによって休校の影響に最大で27点ほどの差があった。第4に、生活状況が学力に与える影響の差は学力下位25%で最も高かった。

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図:コロナ休校が算数の点数に与えた影響:コホート別、休校時・休校明けの生活状況別

非認知能力に関しては3つのエビデンスが得られた。第1に、10項目の学習意欲ダミーすべてに平均的にプラスの影響があった。第2に、休校中・休校明けの生活状況の良さによって休校が学習意欲に与える影響に差があり、アウトカムによっては休校から半年後(12月)の時点でも40%ほどの生徒にマイナスの影響が残った。第3に、学習意欲についても生活状況による休校の影響の差は学力下位25%で最も高かった。

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図:休校の影響の大きさ(個人ごと)

奈良市をはじめとして多くの自治体では休校明け以降、失われた学びを取り戻すための取り組みを行ってきた。本研究の結果は、これらの取り組みが学力や非認知能力の回復を促したことを示唆している。しかし、とくに学力下位層では、休校中・休校明けの生活状況がよかった児童とそうでなかった児童の間で学力や非認知能力の格差が開いたことが浮き彫りとなった。コロナ休校など通常の学校運営が難しい状況において、一部の児童のみが取り残されることのないよう、学力下位層や望ましい生活状況を送っていない児童に対する手厚い政策的支援が期待される。