ノンテクニカルサマリー

コロナ禍でゾンビ企業は増えたのか?

執筆者 Gee Hee HONG(IMF)/伊藤 新(上席研究員)/NGUYEN Thi Ngoc Anh(IMF)/齊藤 有希子(上席研究員(特任))
研究プロジェクト 地理空間、企業間ネットワークと経済社会の構造変化
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「地理空間、企業間ネットワークと経済社会の構造変化」プロジェクト

企業の退出が少ないことから、日本企業はコロナ禍を乗り切ったように見える。しかし、以下の理由により、企業の脆弱性が顕在化していることがわかる。
① 不健全な企業の退出の減少に伴う自浄作用の低下。
② 借入の増加、特に長期借入の増加し、支払能力に問題のある企業(「ゾンビ企業」)の数が増加。

COVID-19のパンデミックショックが世界中に浸透しはじめて2年が経った。パンデミックは、諸外国と同様、日本経済にも大きな衝撃を与え、企業の事業継続にとって大きな脅威となった。しかし、政府のタイムリーで強力な支援により、企業の退出率は著しく低く、コロナ禍に伴う雇用喪失は抑制された。一方で、企業の退出率の低さは、政府の支援が債務超過企業の存続を可能にしているのか、また、それまで健全であった企業がコロナショック後に脆弱化したのか、日本企業のゾンビ化を懸念させるものである。本稿は、信用調査会社である東京商工リサーチ(TSR)の2021年までの企業レベルの退出情報と財務情報を用いて、コロナ禍が企業の退出パターンと負債構造に与えた影響を明らかにした。

まず、コロナショック前後の企業の特性と退出率の相関によって、企業の浄化機能を検証した(図1)。分析の結果、パンデミックの期間中、特に財務力に弱い企業の退出率が低下したことが確認され、このことは、生産性の低い企業が退出し、生産性の高い企業の参入を可能にするという、いわゆる浄化作用のメカニズムが弱まったことを示唆している(注1注2)。

図1. 企業スコア別の企業退出率
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表1.中期見通しとその不確実性(回答企業平均値)
注)X軸は、各ビンにおける企業のスコアを基にした分位数で、最も健全性の低い企業(企業スコアの25%以下)はビン1、最も健全な企業(企業スコアの75%以上)はビン4に含まれる。左図は全退出、右図は倒産による企業の退出率をY軸にとったものである。

次に、企業の財務状況を確認した。まず、法人企業統計により、マクロレベルでの借入金の推移を確認すると、企業の借入金は増加し、長期借入金の増加が短期借入金より顕著であることが分かるが、企業レベルでは、「ゾンビ企業」の比率で確認した。ここでは、Fukuda and Nakamura(2011、2013)が導入した「ゾンビ企業」の定義を用いて、深刻な負債に直面している企業を識別した。

業種別、規模別にゾンビ企業の比率の推移(図2)を確認すると、製造業の企業で増加しており、中小企業で顕著である。また、非製造業については、細かな分類で確認すると、部門ごとに大きなばらつきがあることも確認されている。

図2. ゾンビ企業の比率の推移
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図2. ゾンビ企業の比率の推移
注)X軸は年、Y軸はゾンビ企業の比率である。左図は製造業、右図は非製造業の中小企業と非中小企業の比率を示す。

以上のように、コロナ禍において、企業の退出率は非常に低いままであるが、企業活力は悪化したようである。健全性の低い企業においても企業の退出率が低下し、「浄化メカニズム」が弱まっていることから、特定の部門における「ゾンビ」企業の割合が急増した。政策的に、不測のショックに対する企業の支援と、存続不可能な企業の退出促進との間で、慎重なバランスを取る必要がある。これまでの研究が示すように、経営難に陥った企業の延命は、労働と資本の再配分や経済全体の生産性を損ない、コロナ後の迅速で力強い経済回復に水を差すことになる。

脚注
  1. ^ この浄化作用は、退出の形態(倒産、自主的退出、合併退出)によって異なっている。全退出に占める自主的退出の割合は多く、全退出の特徴は自主的退出と類似するが、倒産による退出はコロナ前から減少傾向にあり、コロナ禍にさらに退出率が減少したことが分かる。また、コロナ禍に合併による退出は微増した。
  2. ^ 企業の健全性に加え、企業規模(従業員数で測定)や労働生産性なども企業の退出と相関する。コロナ以前から、小規模な企業、生産性の低い企業ほど退出しやすいが、コロナ期間中はこうした相関が弱まり、中小企業や生産性の低い企業の退出率が以前より低下した。しかし、コロナ期間中に企業の退出との相関が強くなった企業特性がある。それは経営者の年齢である。コロナ期間中、高齢の経営者が経営する企業は以前と同様に退出する一方、若い経営者の企業の退出率はコロナ前と比較して低下していることが分かった。
参考文献
  • Fukuda, Shin-ichi, and Jun-ichi Nakamura. 2011. “Why Did ‘Zombie’ Firms Recover in Japan?” The World Economy 34(7): 1124–37.
  • Nakamura, Jun-Ichi and Shin-Ichi Fukuda. 2013. “What Happened To "Zombie" Firms In Japan?: Reexamination For The Lost Two Decades.” Global Journal of Economics, Vol. 2(2): 1-18.
  • Hong, G., A. Ito, Y. U. Saito and A.T.N. Nguyen. 2020. “Structural Changes in Japanese Firms: Business Dynamism in an Aging Society,” IMF Working Paper Series WP/20/182.
  • Hong, G., A. Ito, Y.U. Saito and A.T.N. Nguyen. 2022. “Did the COVID-19 Pandemic Create More Zombie Firms in Japan?” RIETI Discussion Paper, forthcoming.