ノンテクニカルサマリー

グローバル企業:輸出入からの新しい厚生含意

執筆者 荒 知宏(福島大学)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

企業は国際経済で活動をする際に、最終財を輸出するかどうかだけではなく、中間財を輸入するかどうかも決めなければならず、企業の輸出入の意思決定は近年のグローバル化の経済影響を考察する上でより重要になってきている。この企業の輸出入選択を示すと表1のようになり、各企業が輸出するかどうか及び輸入するかどうかにより、企業のタイプは4つに分類されることになる。例えば、企業の輸出入行動を分析したアメリカの研究 (Bernard et al., 2018) によると、産業間の平均で見た場合の下記の表の輸出入企業の割合は16%に過ぎないが(輸出企業の割合は35%、輸入企業の割合は20%、純国内企業は29%)、総貿易量の大部分は輸出入企業によって行われていることが示されている。しかし、これらの先行研究では、輸出と輸入を同時に行う企業になぜ大きく総貿易が偏っているかを明らかにしている一方で、輸出や輸入に関する企業選抜がどのような厚生効果をもたらすのかは明らかにされていない。もちろん、中間財輸入の厚生効果を分析した研究はあるが (例えば、Arkolakis et al. (2012)やCostinot and Rodriguez-Clare (2014))、これらの先行研究では企業の輸出選抜の厚生効果に焦点を当てていて、現実的に観察される輸出と輸入の双方で企業選抜が同時に起こる場合の厚生効果については考察していない。

表1
輸入する 輸入しない
輸出する 輸出入企業 輸出企業
輸出しない 輸入企業 純国内企業

本研究では、企業選抜が輸出面だけでなく、輸入面でも同時に起こる場合の厚生効果を理論的に分析した。Melitz (2003) によって示されたように、最終財を輸出する際には外国市場進出に伴う固定費用がかかるために一部の企業しか輸出できない(輸出の企業選抜)。これに加えて、本研究では中間財を輸入する際にも海外のサプライヤーを探すのに伴う固定費用がかかるために一部の企業しか輸入できない(輸入の企業選抜)とした。その結果、表1にあるような4つの企業タイプに分類されて、その割合が貿易自由化に伴い内生的に変化することを通じて、従来とは異なる貿易利益が生じうる可能性を考察した。このような設定において、企業の輸出選抜のみ(あるいは輸入選抜のみ)しか考察していない状況では生じない新しい結果が見出された。

第一に、貿易自由化から国際貿易に従事する全ての企業が必ず得をするとは言えない。特に、貿易相手国の数が十分に大きい時には、表1にある純国内企業だけでなく、輸出企業や輸入企業も貿易自由化により市場シェアを失い、経済的に損失を被ることが起こりうる。その結果、貿易自由化による便益は輸出も輸入も同時に行う輸出入企業に大きく偏る可能性がある。直感的には、貿易相手国の数が大きいほど、競争が激しくなるという従来から指摘されていた効果に加えて、より多くの中間財を輸出入企業が入手しより効率的に生産するという追加的な競争効果により、輸出しかしない企業や輸入しかしない企業が貿易自由化のメリットを十分に享受できない可能性が生じるためである。第二に、輸出の企業選抜だけでなく、輸入の企業選抜がある際には、どちらか一方の企業選抜しかない場合に比べて、貿易利益が大きくなりうるということである。従来の研究では、中間財の輸入はより多くの中間財を入手させ生産効率を向上するという貿易利益に焦点を当てていたが、この研究ではこの効果に加えて企業の輸入選抜によって生産性の高い企業に輸入機会が絞られることで、中間財貿易に伴う生産性効率化がさらに高まり、貿易利益が拡大しうることになる。本論文の新規性は特に2点目の貿易利益を解析的に表現することにあるが、その結果が数量的にどの程度大きいのかは今回分析することができなかった。今後にこの点を追求し、既存研究との違いを別の角度からも検証していくつもりである。

最後に、本論文の分析結果から得られる政策的含意について述べる。企業が輸出入する状況では、より効率的な輸出入企業に資源が再配分される限り、(従来想定されていた輸出のみまたは輸入のみの状況に比べて)貿易自由化の効果が拡大する可能性が高い。その一方で、貿易自由化は輸出入企業の市場集中度を高め、(特にこういった少数の企業が戦略的な市場力を持つような場合には)経済厚生へ悪影響をもたらす可能性も否定できない。本論文では分析の簡略化のために後者の可能性を無視しているが、貿易自由化により市場の寡占化が過度に進むのであれば、政府による輸出入企業への規制が必要な場合も出てくるだろう。

参考文献
  1. Arkolakis C, Costinot A, Rodriguez-Clare A. 2012. New Trade Models, Same Old Gains? American Economic Review 102, 94-130.
  2. Bernard AB, Jensen JB, Redding SJ, Schott SK. 2018. Global Firms. Journal of Economic Literature 56, 565-619.
  3. Costinot A, Rodriguez-Clare A. 2014. Trade Theory with Numbers: Quantifying the Consequences of Globalization. Handbook of International Economics, Volume 4, Elsevier: North Holland, 197-261.
  4. Melitz MJ. 2003. The Impact of Trade on Intra-industry Reallocations and Aggregate Industry Productivity. Econometrica 71, 1695-1725.