ノンテクニカルサマリー

サプライチェーン・ダイナミクスと危機下における経済のレジリエンス

執筆者 川窪 悦章(London School of Economics)/鈴木 崇文(愛知淑徳大学)
研究プロジェクト ポストコロナの地域経済と地域金融の役割
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「ポストコロナの地域経済と地域金融の役割」プロジェクト

近年、Brexitやコロナ禍、気候変動により高頻度化する自然災害など、世界中で頻繁にサプライチェーン・ショックが生じている。それらのショック下において、企業はサプライチェーンを再構築することで、混乱を最小限にとどめようと努める。したがって、企業におけるサプライチェーンの組替能力はショックに対するレジリエンス(頑健性)の鍵だと言える。しかしながら、サプライチェーンの動態に関する先行研究は多くない。そこで本研究は、東京商工リサーチの取引データを用いて東日本大震災に伴うサプライチェーンの組替について分析を行った。

分析にあたっては、青森・宮城・茨城・福島の4県を被災地とし、震災の影響を直接受けていない被災地外に位置する企業による取引先の選択行動を明らかにした。図1では、被災地内外での取引数を示している。被災地内の取引数を示した左図からは、震災以前は取引数が増加していたものの、震災以降は一転して取引数が継続的に減少していることがわかる。一方で、被災地外の取引数を示した右図では、震災以降取引数が増加しており、真逆のパターンが見て取れる。このように、被災地外の企業は取引先の選択において、震災以降は震災以前と異なる戦略を取っており、特に被災地を避けて取引先を探していることが分かった。また、この効果は一時的なものではなく、震災から7年が経過した2018年においても顕著に残っていることは注目に値する。

図1 取引数の推移
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図1 取引数の推移

上記は、被災地の復興という観点からショッキングな結果と言えるが、被災地外で取引先を多様化していることは直感的である。本研究ではさらに、2つの観点からサプライチェーンの再構築に関する分析を行っている。

第一に、サプライチェーンの地理的な関係に注目し、取引先が多様化される中で、取引関係も地理的に拡大を遂げたのか、或いは集約化が進んだのかについて分析した。集約化に関する複数の指標を用いた分析結果によれば、企業は被災地外でサプライチェーンを拡大させたものの、それと同時に地理的な集約化を進めたことが明らかになっている。これは一見直感に反する結果であるが、国際的なリスクや不確実性が高まる中で、企業が国際的な生産拠点を自国に戻す近年の動きと類似したインセンティブに基づく行動であり、脱グローバル化や気候変動と合わせて考えられるべき実証結果だと言える。

第二に、企業の生産性に注目し、生産的な企業ほど、サプライチェーンを保持しているのか、或いはより柔軟に取引先を組替えているのかを分析した。分析結果によれば、震災前時点において生産性の高い企業ほど、より活発にサプライチェーンを組み替えていることが分かる。サプライチェーン・レジリエンスの議論に関連して解釈を加えれば、ショック下においてより柔軟にサプライチェーンを組替え再構築する企業ほどレジリエンスが高いことを示している。また、生産性の高い企業は、定義から生産活動に秀でている訳だが、この結果はサプライチェーン・ショック下での取引関係の組替にも秀でていることを明らかにしており、一般に言われる「調達力」を実証的に示していると言える。

以上から、本研究は東日本大震災という甚大な自然災害に注目し、企業におけるサプライチェーン・ダイナミクスと経済の頑健性についての示唆を提示している。