ノンテクニカルサマリー

APECと国際規範策定におけるその役割

執筆者 服部 崇(コンサルティングフェロー)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

国際規範の策定については、その波及や受容を含め、学問的な関心が多く寄せられてきている。しかしながら、国際規範の策定における地域的な国際機関・国際制度の果たす役割についてはあまり関心が払われてこなかった。

アジア太平洋地域においては、地域的な国際機関・国際制度を代表するものとして、1989年に発足したアジア太平洋経済協力(APEC)が挙げられる。本研究では、APECの近年の活動をケースとして国際規範策定における地域的な国際機関・国際制度の果たしうる役割について分析した。

本研究では、(i)貿易投資の自由化、(ii) 信頼性のある自由なデータ流通、(iii)気候変動ガバナンスの3つの国際規範を取り上げた。一般に、国際規範の策定には、政府、産業界、市民社会/認識共同体、国際機関・国際制度がアクターとして関与しうる。そこで、APECの近年の活動のケースにおいて、APEC、APECビジネス諮問委員会(ABAC)、APECビジョングループ(AVG)がこれら3つの国際規範の策定にどのような影響を与えてきたかを検証した。

貿易投資の自由化については、APECは多角的貿易体制への支持、地域の貿易投資自由化の両面に積極的な役割を担うことで「貿易投資の自由化」規範の形成を支えてきた。ABACは、APECに対する関連提言を行い、APECプロセスへのプレッシャーを与えてきた。また、AVGは地域の将来ビジョンを検討し、そのための提言を行った。

信頼性のある自由なデータ流通については、APECでは、G20で提示された規範をAPECの文脈で実施に移すための取り組みがなされた。「自由なデータ流通」とそのための条件のあり方に関する議論とともに、実施のためのキャパシティ・ビルディングの議論が展開された。その際、ABACは、ビジネス界からの懸案や関心を伝える役割を果たした。また、AVGは、「自由なデータ流通」に関する条件を提示した。

気候変動ガバナンスについては、APECは、気候変動交渉に対する提言を行った時期もあったが、最近は、エネルギー関連の事項を中心に、実施のための概念整理への貢献が中心となっている。ABACは、気候変動政策に関する提言やビジネス関連の取り組みを促進する役割を果たした。AVGは、気候変動やトランジションに関する提言を行った。

米中対立やロシアによるウクライナ侵攻を受けた世界情勢の変化の中で、APECの規範形成に果たす役割は重要性を増している。第一に、APECの「アイディアの孵卵器(incubator of ideas)」としての役割をさらに発揮することが期待される。APECのメンバーの多様性が規範の形成のためのアイディアの提示に資するはずである。APECは長い歴史に基づくフォーマルな組織を有しており、これらを活用する時期に来ている。

表1.国際規範の形成における3アクターの役割
貿易投資の自由化 信頼性のある自由なデータ流通 気候変動ガバナンス
アジア太平洋経済協力(APEC) 多角的貿易体制への支持
地域の貿易投資自由化の推進
「自由なデータ流通」に関する議論
キャパシティ・ビルディングの提供
実施のための概念整理への貢献
(エネルギー関連の事項が中心)
APECビジネス諮問委員会(ABAC) APECに対する関連提言
APECプロセスへのプレッシャー
ビジネス界からの懸案や関心の表明 気候変動政策に関する提言
ビジネス関連の取り組みの提示
APECビジョングループ(AVG) 地域の将来ビジョンの策定
将来ビジョンに関する提言
「自由なデータ流通」に関する条件提示 気候変動やトランジションに関する提言