ノンテクニカルサマリー

コロナ禍における社会学習と行動変容:ビッグデータ分析

執筆者 太田 塁(横浜市立大学)/伊藤 新(上席研究員)/佐藤 正弘(東北大学)/矢野 誠(理事長)
研究プロジェクト 市場高質化による自己増殖型変化への対応の文理融合研究
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「市場高質化による自己増殖型変化への対応の文理融合研究」プロジェクト

新型コロナウィルス感染症の流行当初、病気やその予防に関する知識は乏しかった。例えば、世界保健機関は予防のためのマスク着用は推奨せず、また、マスクで予防できるという科学的根拠はないとされていた。しかし、日本ではマスクが急激に大量購入され、2020年1月下旬以降、深刻なマスク不足に陥った(図1を参照)。

この研究では、流行の初期の段階での日々のマスクの購入行動に着目し、人々の感染予防行動に向けた行動変容を解析した。具体的には、感染予防行動をとらえる指標として、新型コロナの感染状況をいくつかの期間にわけ、その期間ごとの日々のマスク購入頻度に着目した。中国で新型コロナの流行が報道されはじめた2020年初頭以降、毎日の新型コロナ感染情報の増加、過去のマスク利用の経験、消費者の人口統計学的属性といった要素がどのように人々の行動変容に影響したかを調べた。特に、新型コロナに関する感染情報をとらえる指標として、伊藤がRIETIで構築してきた新聞データの解析方法を利用し、新型コロナ感染に関する新聞記事の数を日次データとして集計したものを利用した(注1)。

ロジスティック回帰の結果、初期感染過程のどの期間に関しても、累積記事数がマスク購入頻度に有意に関係することが分かった(表1を参照)。また、日々の記事数は、1月中旬以降のマスク購入と関連していることも分かった。これらの結果から分かるように、人々は新聞などのメディアの情報を用い、感染状況について不確実ながらも学習し、ある時(恐らく中国政府の公式な感染者公表時)コロナの存在を確信したことによって、新規の情報に反応するようになった。

矢野はアメリカの有権者の行動とパンデミックの研究において、中央のリーダーと地方のリーダーの発するメッセージが一致することで感染を抑制できる可能性を示した(注2)。本研究の結果は、矢野の結果をより明確に示したとも解釈できる。このような分析により、パンデミックにおける初期の情報の重要性が明らかにされた。

図1:マスクの購入頻度
図1:マスクの購入頻度
データ出所:全国消費者パネル調査(インテージ社)
表1:ロジスティック回帰結果
表1:ロジスティック回帰結果
値はオッズ比。Informationは当日の新聞記事数、Cum of Informationは各消費者の購買日までの累積新聞記事数、Experienceは2019年におけるマスク購入履歴の有無を表すダミー変数である。新聞記事数は前日の夕刊と当日の朝刊に掲載された新聞から数えた。推定式については論文を参照のこと。