ノンテクニカルサマリー

Covid-19パンデミックと政治:米国フロリダ州とオハイオ州の事例

執筆者 矢野 誠 (理事長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

本研究では、地域と国の指導者の双方によってコロナウイルスの危険性が軽視される場合、ウイルスによる感染が地域の人口に対し加速度的に(言い換えると自然のままに近いプロセスで)広がる可能性が示される。たとえ、そうであっても、人々は自ら情報不足を補い、自己防衛的な行動をとることで、加速度的な広がりをある程度まで抑えている可能性がある。さらに、コミュニティーでの直近の選挙において指導者たちを支持する人が多いことが原因となって、病気を蔓延させる可能性も観察される。こうした実証結果は、州知事が大統領の政策に追随しコロナウイルスを軽視したフロリダおよび、はるかに慎重なアプローチをとったオハイオ州の各郡における病気の広がりの比較に基づく。

情報の透明性が高ければ高いほど、社会としてより適切な意思決定ができる(注1)。よく知られているように、 2020年3月中旬まで、トランプ大統領はパンデミック発生の可能性を過小評価するとともに政府の政策対応力を過大評価し、多くの知事はそれに追随した(注2)。しかし、人々が過度に楽観的な政府からのメッセージを信じるならば、準備不足となり、ウイルス感染を増やし、広めることになる。本論文では、このシナリオを実証的に検証する。

そのため、米国フロリダ州とオハイオ州に焦点を当てる。これらの州を選択する理由として、まず、

1. 2つの州の知事が集団発生に対して非常に異なるアプローチをとった

ことが考えられる。フロリダ州のデサンティス知事はトランプ大統領の弟子を売り物に当選し、大統領の政策に忠実に従ってきた(注3)。対照的に、オハイオ州のデワイン知事は、選挙時から大統領との距離を保ってきている(注4)。さらに、 コロナウイルスが蔓延する前の3月12日には他州に先駆けて学校を閉鎖するなど、ウイルスの初期制御に最も成功した州の1つと考えられている(注5)。

つぎに、

2. 州の政策を除くと、フロリダ州とオハイオ州は政治的および経済的にかなり似ている

ことがあげられる。どちらも(国政選挙の党派別結果を左右する)スイング州として有名で、共和党と民主党の候補者は、過去のほとんどの選挙で投票総数をほぼ均等に分配してきた。どちらの知事も2018年の選挙で初めて選出され、共和党に勝利をもたらした。フロリダでは、マイアミ(人口5,502,400)、タンパ(2,441,900)、オーランド(1,510,600)、オハイオでは、コロンバス(860,090)、クリーブランド(388,072)、オハイオ州のシンシナティ(298,800)といった大都市を抱える。

他方で、地理的には大きな違いがあり、

3. フロリダの大部分はフロリダ半島にある。オハイオは他の工業州、ペンシルベニア、ミシガン、インディアナと州境を接しているため、伝染の制御が難しい。

新しいウイルスが非常に危険であるとしても、国の政策立案者が未知の病気の危険を割り引いて考える傾向があるのは当然かもしれない。国全体としての経済的な考慮がコロナウイルスに対する初動を遅らせたことはさまざまな国について報告されている(注6)。たとえ、そうだとしても、地方レベルで注意深く設計された政策がコロナウイルスの発生を制御するのに効果的であるかもしれない。逆に、国と地方の双方のレベルでウイルスの危険が軽視される場合、政治的要素が病気の蔓延に寄与する可能性もある。

こうした可能性を調べるため、フロリダ州とオハイオ州について、各郡の1人あたりコロナウイルス症例数を、各郡における人口、人口密度、1人当たり所得、面積、年齢の中央値、2018年選挙における州知事の得票数と2016年における大統領の得票数の間の比率(知事/大統領得票比)を外生変数として、回帰する。選挙では、各投票者は自らの考えに近い人を選んで投票する。その結果、病気の罹患と選挙での投票には内生的関係がある可能性が存在する(つまり、コロナウイルスなど恐れるに足りないと考えるような人たちが、同じ考え方をもつ大統領・州知事に投票するかもしれない。そのような内生性があると最小二乗推計にバイアスをもたらすことはよく知られている)。内生性によるバイアスを二段階最小二乗推計で補正し、以下のような観察事実を得た。

観察1. 感染発生の初期段階に、地域のリーダーが中央リーダーに倣い、ウイルスの危険性を軽視したフロリダでは、
(1)コロナウイルスの蔓延が郡人口に関し加速度的に増加し、
(2)他方、郡人口密度が高いほど、蔓延が緩和され、
(3)知事/大統領得票比が高い郡ほど、ウイルス感染が悪化した。

観察2. 州知事が感染について注意深い政策を採用したオハイオでは、フロリダと同じ結果は観察されず、本論文が採用したすべての説明変数は感染数に対し優位な説明力を持たない。

これらの観察結果は、次のように解釈できる。

人々がウイルスの危険性について十分に知らされていない場合、コロナウイルスの蔓延はコミュニティー人口とともに加速するという自然な流れに従う。つまり、コミュニティーが大きくなるほど、コミュニティー内の誰かがウイルスに罹患する可能性が高くなり、ウイルスがコミュニティー内で指数関数的に広がる結果、人口の大きいコミュニティーでは感染者が加速度的に多くなるのは当然の理論予測である。

この加速度効果を考えると、より人口密集した地域に住んでいる人々は発生に対してより注意深く行動するという理論的な予測も成り立つ。この予測は、本論文の観察1 (2)と一致する。

オハイオ州の経験は、中央のリーダーがウイルスの危険性を過小評価する情報を流したとしても、地方リーダーが正しい情報を知らせることで、ウイルスの蔓延を制御できる可能性を示す。裏を返すと、フロリダの経験、特に観察1 (3)、は政治指導者による誤った情報を人々が信じることで病気が蔓延する可能性があることを示唆する。

[追記: Covid-19のような感染性の強い病原体が新たに生まれ、それが蔓延する恐れのある場合、早い段階から多くの人に感染の危険を理解してもらうように、情報を提供し、正しいメッセージを伝えることが大切なことを本論文の結果は示唆する(注7)。特に、本研究も示すとおり、Covid-19 の場合、social distancing により、人と人との接触を制限することが重要なことは欧米の経験から分かる。フロリダとオハイオの比較結果をみると、3月2日に学校を閉鎖した安倍首相の政策は病気の蔓延を防ぐ上で大きく貢献した可能性を示唆する。]

脚注
  1. ^ Honryo and Yano (2020).
  2. ^ Blake (2020).
  3. ^ Luscombe (2020), Nazaryan (2020).
  4. ^ Gomez (2020).
  5. ^ Camera (2020).
  6. ^ Lowry (2020), Ward (2020).
  7. ^ パンデミックにおいて正しい情報を人々に知らせることの重要性については、欧米の最近のDPでも示されている。Ajzenman, Cavalcanti, and Da Mata (2020) では、ブラジル大統領によるコロナウイルスの危険性の過小評価が大統領支持者の多い地域でSocial Distancing を滞らせること、Bursztyn, Rao, Roth, and Yanagizawa-Drott (2020)では、トランプ大統領シンパとして知られるテレビ番組の視聴者が多い郡において病気の発生や死亡率を高めることが示されている。また、Brzezinski, Adam, Valentin Kecht, Van Dijckel, and Wright (2020) では、人間の生活が地球温暖化に寄与するという科学的知見を信じない人が多いコミュニティーにおいて感染が広まりやすいという事実も指摘される。 本論も含めこれらの研究成果は、情報の発信者が受信者が必要とする情報だけでなく、それと交差する情報をも気にすることによって情報に歪みがもたらされるというHonryo and Yano (2020) の最近の理論的結論を実証的に裏付けるものと考えられる。 Blickle (2020) による最近の研究では、1918年のスペイン風邪の大流行が、第二次世界大戦前のドイツの右傾化の原因の1つに挙げられると指摘される。こうした一連の研究は、コロナウイルス後に健全な社会を築いていく上で、情報の透明性が大切なことを示唆するものである。
参考文献
  • Ajzenman, Nicolas , Tiago Cavalcanti, and Daniel Da Mata, 2020. "More than Words: Leaders' Speech and Risky Behavior during a Pandemic," CEPR DP14707.
  • Blake, Aaron, 2020. "2 months in the dark: the increasingly damning timeline of Trump's coronavirus response," Washington Post, April 22, 2020.
  • Blickle, Kristian, 2020. "Pandemics Change Cities: Municipal Spending and Voter Extremism in Germany, 1918-1933," Staff Report No. 921, Federal Reserve Bank of New York.
  • Brzezinski, Adam, Valentin Kecht, David Van Dijckel, and Austin L. Wright, 2020. "Belief in Science Influences Physical Distancing in Response to COVID-19 Lockdown Policies," Becker Friedman Institute for Economics Working Paper, No. 2020-56, University of Chicago.
  • Bursztyn, Leonardo, Aakaash Rao, Christopher Roth, and David Yanagizawa-Drott, 2020. "Misinformation During a Pandemic," Becker Friedman Institute for Economics Working Paper, 2020-44, University of Chicago.
  • Camera, Lauren, 2020, “Ohio Gov. Mike DeWine Orders All K-12 Schools Closed: The state becomes the first to close all schools in the face of the COVID-19 outbreak,” U.S. News, March 12, 2020.
  • Gomez, Henry, 2018. "Donald Trump Will Hold An Ohio Rally The Day Before The Midterms. The Republican Candidate For Governor There Is A Maybe," BussFeed News, Oct. 31, 2018.
  • Honryo, Takakazu, and Makoto Yano, 2020. "Idiosyncratic Information and Vague Communication," mimeo., Kyoto University.
  • Lowry, Rich, 2020. “What is Happening in Italy?” The Corner, March 10, 2020.
  • Luscombe, Richard, 2020. "Florida's slow response: a 'mini-Trump' governor who borrowed the president's playbook," Guardian, April 5, 2020.
  • Nazaryan, Alexander, 2020. “How the coronavirus undid Florida Gov. Ron DeSantis,” Yahoo News, May 4, 20.
  • Ward, Alex, 2020. “How Spain’s coronavirus outbreak got so bad so fast — and how Spaniards are trying to cope20,” Vox, March 20, 2020.