ノンテクニカルサマリー

不確実性が起業活動に与える影響

執筆者 髙橋 秀徳(神戸大学)/山川 恭弘(バブソン大学)
研究プロジェクト アントレプレヌール・エコシステムの形成
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「アントレプレヌール・エコシステムの形成」プロジェクト

私たちは不確実な世界を生きている。2019年末に今のようなコロナ禍の世界を誰も予想できなかったし、今後何が起こるか誰にもわからない。さらに世界の不確実性は2012年以降、高まり続けているようだ。アントレプレナーはますます高まる不確実性の世界と対峙しなければならず、政策立案者はこのような時代に適合した制度を設計する必要に迫られている。ところが、不確実性はアントレプレナーシップ研究において重要な概念であるにもかかわらず、それが起業活動に与える影響については明らかにされていない。そこで本稿は、不確実性は起業活動に影響を与えるのか、そしてどのような条件下で影響を与えるのかを分析した。

2005年から2020年の52ヵ国を対象に、不確実性の変化と起業活動の変化の関係を調べたところ、図1の関係が観察された。2変数の関係を表す点は偏りなく散らばっており、有意な関係は見られない。ファイナンス理論では不確実性が高いと「待って様子を見る」ことの価値が高まるため、投資を延期すると予想されるが、この説明は起業活動には当てはまらないようだ。

図1. 不確実性と起業活動の関係

ただし、国別に見ると状況は異なる。2020年グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(Global Entrepreneurship Monitor: GEM)の調査結果が興味深い。GEMは米国バブソン大学と英国ロンドンビジネススクールの研究者らによって考案された調査であり、調査は各国の起業活動の実態を把握し、その決定要因や起業活動が経済に与える影響を明らかにすることを目的としている。調査結果は「GEMグローバルレポート」として毎年公刊される。2020年GEMグローバルレポートの特徴のひとつはCOVID-19関連の質問が加わったことだろう。図2はコロナ禍を事業機会ととらえて起業した人とそうでない人の起業活動の内訳を示している。この図からはコロナ禍に対する起業家の反応が各国で大きく異なる様子がうかがえる。

図2. 起業活動の内訳

コロナ禍に象徴される不確実性の時代に、起業活動が活発になる国と逆に低迷する国を分ける要因は何か。本稿はスタートアップコストの低下が起業活動の増加と関係している証拠を提示した。本稿の分析結果は、不確実性下において起業活動を活性化させるためには、多くの潜在的起業家の存在と低いスタートアップコストが重要な要因であることを示唆している。なお、ここで言うスタートアップコストとは、創業資金のような経済的コストだけでなく、非経済的コストも含む。具体的には、起業に失敗したとしても再スタートできる制度や社会規範などである。潜在的起業家をどのように増やせばよいか、また、どのような手段でスタートアップコストを低下させると効果的かなどの問題については更なる分析が必要である。不確実性と起業活動の研究は緒に就いたばかりである。