ノンテクニカルサマリー

租税回避目的のダンピングに対するアンチダンピング措置

執筆者 椋 寛(学習院大学)/大越 裕史(岡山大学)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

グローバル化の深化に伴い、多国籍企業の活動が活発化しており、関連企業間で企業内貿易が広く行われている。このような企業内貿易を通じて、多国籍企業は高税率国から低税率国に利潤を移転し、税逃れをしていることが指摘されている。例えば、高税率国の生産拠点で生産された製品を低税率国の関連企業に輸出をする際は、企業内価格(移転価格)を低くすることで低税率国に利潤を集中することができ、このような移転価格戦略は実証研究でも確認されている。多国籍企業の課税逃れへの国際的な対応は喫緊の課題であり、経済開発機構(OECD)は税源浸食と利益移転(BEPS)プロジェクトを始めるなどの移転価格規制の強化を行っている。

しかし、このような移転価格の設定は貿易政策にも関連しており、輸入国の保護貿易政策を誘発する可能性がある。例えば、低い移転価格は輸入国の関連企業の仕入れ価格の低下を意味しており、輸入国の現地企業が市場競争で不利になる恐れがある。もしもそのような多国籍企業の移転価格操作により、(1) 輸出国内向けの関連企業との取引価格よりも、輸入国内向けの関連企業への輸出価格が低く、(2) 輸入国内の産業に被害を与えている場合は、輸入国政府はアンチダンピング(AD)措置としてダンピングマージンを限度に追加的な課税を輸入に行うことができる。既存研究でも、AD措置を含む法的要因が移転価格に影響があると指摘されている。AD措置の調査件数や発動件数はモノの貿易自由化がかなり進行した現在でも非常に多く、AD措置によって移転価格戦略が歪められているおそれがあることを示唆している。

図1:租税回避目的のためのダンピング
図1:租税回避目的のためのダンピング

上述の「租税回避目的のダンピング(不当廉売)」とAD措置の関連性に本研究は着目し、BEPSプロジェクトのような移転価格規制政策の強化が、多国籍企業の移転価格戦略にどのような影響をもたらし、さらにAD措置の発動への効果を分析している。移転価格規制が緩いような状況では、高税率の輸出国から低税率の輸入国へ企業内貿易を行う際に設定される移転価格がより低くなりやすい。そのため、上述のAD措置の条件(1)を満たしやすいのは移転価格規制が不十分な状況である。しかし、低税率輸入国は多国籍企業の利潤移転による税収の増加が見込めるため、AD措置による税収の減少の効果が生じる。そのため、輸入国政府がAD措置を実際に発動するインセンティブが高いのは、移転価格規制がある程度厳しいときとなる。以上より、移転価格規制が不十分な状態では移転価格規制の強化はAD措置を誘発するものの、すでに移転価格規制がある程度実施されている状態におけるさらなる強化はAD措置の発動を妨げる効果が期待される。

また、このようなAD措置の発動を考慮に入れると、移転価格規制の強化は高税率輸出国に必ずしも良い影響を与えるわけではない。AD措置が備わっていない状況では、移転価格規制の強化は多国籍企業の利潤移転を防ぐことで高税率国の税収入を増加させ、厚生を上昇させる。他方、AD措置が可能である状況では、多国籍企業はAD措置を回避するために、移転価格を高くするだけではなく、輸出国内への関連企業向けの価格を低くするインセンティブがある。この国内の企業向けの価格の低下により、AD措置の発動は消費者余剰の増加が期待できるものの、移転価格規制の強化は移転価格の上昇に伴い、間接的に国内関連企業向けの卸売価格の上昇を招いてしまう。そのため、AD措置を発動させるような移転価格規制の水準に到達した状況において、さらなる移転価格規制を強化することは、高税率輸出国の厚生をかえって低下させうる。

図2:移転価格規制強化の効果
図2:移転価格規制強化の効果

以上の結果から、次のような政策的含意が得られる。まず、移転価格規制がある程度強化されている下では、AD措置は多国籍企業の租税回避行動を制限する役割を有しており、BEPSプロジェクトとの相乗効果が期待される。特にAD措置が発動するような場合、高税率国では国内価格の低下を通じた競争促進効果による消費者の利益が生じるものの、移転価格規制の強化が競争促進効果を弱めてしまう点を考慮に入れた政策の評価が必要である。さらに、既存の研究では、研究開発投資が多い産業においてダンピングとAD措置が集中しているという特徴が指摘されてきたが、多国籍企業の租税回避目的のダンピングも、近年のダンピングやAD措置の背景になりうることが示唆される。今後の国際間の貿易摩擦を生じさせないためにも、国際間の法人税の差がAD措置を誘発しうることを認識しつつ、政策立案を進めることが必要である。