ノンテクニカルサマリー

鉄道の正負の側面:高速鉄道による経済効果と地域格差

執筆者 兪 善彬(九州大学)/熊谷 惇也(九州大学)/川崎 航平(九州大学)/洪 性完(ペンシルベニア州立大学)/張 冰琦(九州大学)/島村 拓也(九州大学)/馬奈木 俊介(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人工知能のより望ましい社会受容のための制度設計
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人工知能のより望ましい社会受容のための制度設計」プロジェクト

本研究では日本の高速鉄道(HSR: High-Speed Rail)である新幹線整備が経済にもたらす効果およびその地域差を定量的に分析する。その中で、交通インフラ整備の経済効果に関する文献において頻繁に指摘される内生性の課題に対処している。HSRは人口や土地、経済が急速に成長している都市や地域に優先的に到達する場合が多いため、HSRと経済効果との間の因果関係の特定には内生性の対処が必要である。また、多くの既存研究では、交通インフラの効果の推定にDIDなどの準実験的手法を採用している。この場合、駅が整備された地域を処置群とし、それ以外の地域を対象群とする方法が一般的だが、対象群に分類される地域でも近隣地域の駅を利用することで交通インフラ整備の効果を享受できる場合があり、経済効果の推定値にバイアスが生じることが指摘されている。

これに対処するため、Donaldson and Hornbeck(2016)が定式化した「マーケットアクセス(MA: Market Access)」という指標を利用する。MAとは、地理的位置を考慮した需要のことで、市場の潜在力を測るものである。具体的には、潜在的需要とそこに到達するためのコストの積によって表される。MAはHSRの駅が存在しない地域においても、近隣地域のHSR駅開業の効果を含めた間接的なアクセス向上を評価できる。具体的には、MAは他の地域への移動時間減少によって増加する指標であるため、近隣の市区町村のHSR駅を用いることによる移動時間削減効果を含めることができる。また、経済的な要因が路線配置と経済の両方と関係することなどによる内生性に対処するため、経済的な要因によらない地理的最小コストによる仮想的な新幹線ネットワークを構築し、その場合のMAを操作変数として利用する。

本研究では、1983年から2020年までの日本の全市区町村を対象としたMAを算出した。下図は、対象機関におけるMAの変化率を示した地図である。色が濃い市区町村は高いMAの増加を経験している。この地図から、新幹線が整備されている市区町村およびその近隣の市区町村でMAは大きく増加していることが分かる。

図.1983年から2020年までの新幹線ネットワーク整備によるMAの変化
図.1983年から2020年までの新幹線ネットワーク整備によるMAの変化

HSRネットワーク向上によるMA増加がもたらす経済効果を推定するため、主な被説明変数として地価を採用し、都道府県、年度、市区町村、地理的位置の固定効果を含めた計量モデルを構築した。さらに、日本全国における効果の推定に加え、4つの地域カテゴリ別に効果の推定を行うことで、HSRの拡大がもたらす効果の地域差を分析した。利用した地域カテゴリは「東京」、「三大都市圏」、「地方中枢都市圏」、「その他の地域」の4つのグループである。

結果として、MAの1%の増加は全国的に0.176%の地価の増加をもたらすことが示された。地域別にみると、地価の増加効果は東京、三大都市圏、地方中枢都市圏にのみ発生し、その他の地域では有意な効果が生じていなかった。全体として、新幹線整備によるMA増加が持つ経済効果には地域格差が存在していることが示された。

また、推定されたパラメータを用いて反実仮想シミュレーションを行い、今後の日本のHSR整備計画(リニア新幹線整備・地方新幹線延伸)の経済効果を評価した。結果として、リニア中央新幹線の整備は東京や三大都市圏に大きな効果をもたらすが、その他の地域には正の経済効果をもたないことが示された。次に、地方新幹線延伸は主に地方中枢都市圏の地価上昇効果をもたらすことが分かった。シミュレーション結果から、都市圏以外の地域では、リニア新幹線整備・地方新幹線延伸のどちらの計画からも好影響を受けることが出来ないことが明らかになった。以上より、将来の高速鉄道整備は、都市圏のみに経済効果をもたらし、地域格差の拡大につながる可能性が示され、高速鉄道整備は両刃の剣であることが示唆された。

参考文献
  • Donaldson, D., & Hornbeck, R. (2016). Railroads and American economic growth: A “market access” approach. The Quarterly Journal of Economics, 131(2), 799-858.