ノンテクニカルサマリー

サプライチェーン途絶に関する事業所レベルのシミュレーション分析-東日本大震災の事例-

執筆者 井上 寛康(兵庫県立大学 / 理化学研究所)/奥村 与志弘(関西大学)/寅屋敷 哲也(ひょうご震災記念21世紀研究機構)/戸堂 康之(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 経済・社会ネットワークとグローバル化の関係に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「経済・社会ネットワークとグローバル化の関係に関する研究」プロジェクト

2011年の東日本大震災の際に、被災企業の生産減少によるサプライチェーンの途絶が全国に波及して、被災地外の生産にも大きな影響を与えたことはよく知られている。このようなサプライチェーンを通じた経済ショックの波及は、その後も熊本地震やコロナ禍での緊急事態宣言など様々な形で起きている。今後も南海トラフ地震、首都圏直下型地震、富士山噴火など大きな災害で起きることが予期されているため、このような経済ショックがサプライチェーンを通じてどのように各地に波及し、どの程度の経済被害を及ぼすかを予測すること、また経済被害を縮小するためにはどうすればよいかを分析することは重要な課題となっている。

本研究は、このような問題意識に基づいて、企業間取引を考慮したモデルを実際の日本企業の詳細なサプライチェーンのデータに当てはめてシミュレーションし、東日本大震災後の日本の付加価値生産総額を予測できるようなモデルを開発した。

このようなモデルは、すでに本研究の筆者らによっていくつか提示されている(Inoue and Todo 2019)。しかし、本研究は以下の4点で既存研究のモデルやデータに大きな改良を加えた。

1.モデルを精緻化し、いくつかのパラメタについては第1・2・3次産業ごとに異なる値を推計した。

2.企業レベルではなく事業所レベルのデータや、震度や津波の高さに関するサーベイデータおよびGIS(地理情報システム)データを利用して、被災地における生産設備に対する被害をより正確に推計した。

3.事業所レベルデータを使うことで、被災地内の本社ではない事業所(非本社事業所)の生産縮小の影響がサプライチェーンを通じて波及していくことを考慮できるようになった。

4.企業データやGISデータを組み合わせて、震災後の停電の影響による生産縮小も考慮した。

データに関する2-4の改良は、類似の研究でよく利用される東京商工リサーチのサプライチェーンデータに加えて、事業所レベルの経済センサス、震災直後にRIETIが被災地で実施した企業レベルのサーベイデータ、震度や津波の高さに関するGISデータを接続することで可能となった。

このようなモデルとデータを使ってパラメタ値を推計した結果、図の赤線で示されるように震災後の付加価値生産総額が予測された。この図では、実際の月次の付加価値生産額がピンクの棒で、既存研究(Inoue and Todo 2019)の予測値が緑の線で示されており、改良された予測値が以前の予測値にくらべて、特に震災後100日程度までの生産減少をより正確に予測できていることがわかる。予測精度の指標である平均二乗誤差(MSE)は、既存のモデルでは15.4であったのにくらべて、本研究のモデルでは3.24と大幅に縮小している。

また、どのような改良が予測の精度を上げたかを見るために、パラメタを全産業で同じ値だと仮定したり、停電の影響がなかったと仮定したりしてシミュレーションを行った。その結果、改良されたデータを使う限り、パラメタの数は予測の精度に大きな影響を与えないが、停電を仮定しない場合には予測の精度が一定程度下がることが分かった。

つまり、本研究で予測の精度が上がったのは、事業所レベルデータやGISデータ、停電地域と期間のデータを組み合わせることで、震災による被災地での生産減少を事業所レベルでより正確に予測し、さらに被災地の非本社事業所からサプライチェーンを通じたショックの波及を考慮することができたからだと考えられる。

このモデルを利用してシミュレーションを行えば、今後予想される特定の災害がどの程度の経済被害を各地域に及ぼすかを、相当程度正確に予測することができる。また、そのような経済被害を最小限にとどめるためには、災害後に特にどのような企業の復旧を促進すればいいのか、どのような形で取引先を代替するべきなのかなどの政策的課題や経営的課題に一定の解答を与えることができる。これらについては今後のプロジェクトで分析していきたいと考えている。

図:東日本大震災後の日本の付加価値生産減少
図:東日本大震災後の日本の付加価値生産減少
注:赤線、緑線、ピンクの棒はそれぞれ本研究による予測値、Inoue and Todo (2019)による予測値、鉱工業生産指数(月次)を基にした推計値を表す。
参考文献
  • Inoue H, Todo Y. 2019. Firm-Level Propagation of Shocks through Supply-Chain Networks. Nature Sustainability. 2; 841-847.