ノンテクニカルサマリー

デジタルコミュニケーションの阻害要因:外資系企業の実証分析

執筆者 田中 清泰(ジェトロ・アジア経済研究所)
研究プロジェクト 直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究」プロジェクト

Eメールやオンラインチャット、ウェブ会議などのデジタル技術は、企業や働き手のコミュニケーションと協働に重要なツールである。新型コロナウイルス感染症の拡大で、日常的な対面交流が厳しく制限されたため、デジタル技術によるコミュニケーション(デジタルコミュニケーション)は大きな注目を集めた。グローバルにビジネス展開する企業は、厳しい海外渡航制限の影響も受けたため、デジタルコミュニケーションを積極的に活用したであろう。一方、デジタルコミュニケーションが多国籍企業に与える影響は重要な課題であるにもかかわらず、学術的な知見がまだ十分に蓄積されていない。

本稿は、日本における外資企業の個票データを活用して、デジタルコミュニケーションの阻害要因を検証している。経済産業省の外資系企業動向調査は、2020年8月に外資企業を調査して、新型コロナウイルスの影響が続く場合にビジネスを継続する課題を聞き取りしている。この調査において、「デジタル技術をとおしたコミュニケーション」を課題として挙げた外資企業に着目して、デジタルコミュニケーションの課題を認識している外資企業の特徴を明らかにした。

理論的に考えると、デジタル技術は成文化できて明確な情報を処理することに適している。一方、複雑な知識や情報、無形の新しいアイデアを伝えるのは対面交流が効率的である。デジタル技術を活用しても、企業や働き手が直面する対面コミュニケーションの障壁は残る。そのため、デジタルコミュニケーションの課題認識は、企業組織内の内的コミュニケーションと、市場との外的コミュニケーションに依存する。外国人と現地人の協働、海外本社との調整などは、外資企業の組織内コミュニケーションを阻害する経路となる。国内・海外市場における顧客や取引先との交流は、外資企業の外的コミュニケーションを阻害する経路となる。また、在宅勤務の適合性や顧客との対面交流は、産業によって特性が異なるため、外資企業のデジタルコミュニケーション認識に影響する。以下は、外資企業のデジタルコミュニケーションの課題に影響を与える要因について、イメージした図である。

図 外資企業のデジタルコミュニケーションの課題に影響を与える要因

計量分析の結果、デジタルコミュニケーションの課題を強く認識する外資企業の特徴が明らかになった。日本人の英語スキルに課題があり、外国人労働者のシェアが低く、雇用の規模が大きく、海外本社との時差が大きい場合、外資企業はデジタルコミュニケーションの課題を強く認識する。つまり、異なる言語や文化、複雑な協働関係の組織は、効率的なデジタルコミュニケーションを阻害する。国内市場における顧客との関係構築はデジタルコミュニケーションに課題がある一方、海外市場との国際貿易取引は情報がデジタル化されているため、デジタルコミュニケーションを阻害していない。

興味深い結果として、在宅勤務の実現可能性が高い産業において、外資企業はデジタルコミュニケーションの課題を強く感じている。デジタル技術で在宅勤務が容易であれば、企業や働き手のコミュニケーションに問題はない、という主張と反した結果である。一般的に、金融や保険、情報技術などの産業は、在宅勤務が容易な産業であるが、複雑で秘匿性が高く、無形な情報を処理しているため、デジタル技術のコミュニケーションに依存した協働は非効率かもしれない。

デジタル技術を活用したコミュニケーションに課題がある外資企業は少なくない。企業や働き手の関係構築や相互理解などは、デジタル技術によるコミュニケーションよりも、対面交流による協働が効率的であろう。今後の課題は、どのような協働作業や組織においてデジタルコミュニケーションが効率的になるのか、明らかにしていくことである。