ノンテクニカルサマリー

EU・中国包括的投資協定(CAI)の法的新規性と政策的示唆の検討

執筆者 ウミリデノブ・アリシェル(名古屋経済⼤学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)」プロジェクト

アジア諸国の中でも外国と最も多くの二国間投資協定を結んでいる中国の投資協定プログラムは次の段階に移っている。その証拠として、投資家の法的安定性の改善と投資障壁の削減のために2013年10月に欧州連合と中国の間で開始したEU・中国包括的投資協定(Comprehensive Agreement on Investment (CAI))交渉は、35ラウンドを経て、2020年12月30日に締結に至った。EU側が、CAIの締結を通じて中国市場へのアクセスにおける相互主義と、中国におけるEU投資家への公平な土俵(a level playing field)の欠如の改善を期待していることに対し、中国はEUの対内直接投資審査を念頭に中国の投資家に対するEUの既存の開放性を維持することやEU領域内での統一的な投資保護などに期待を寄せている。現在、EUが人権侵害の疑いを理由に中国に制裁を科したことで中国は即座に対抗措置を打ち出し、CAIの批准はしばらく凍結状況にあるが、CAIは完全に棚上げされたと判断するにはまだ早い。逆に、中国がここまで進めてきた投資規制緩和という国内法を国際化していく上で、CAIの役割は大きい。

そこで、本論文では、CAIの法的新規性(その限界を含む)を明確にし、太平洋地域における政策的示唆を検討した。CAIは、中国がこれまでに第三国と締結した中で最も野心的な(新型)投資自由化協定であることで注目に値する。なぜならばCAIをEU側と結ぶことによって、中国は事実上その第五世代投資協定プログラムを打ち出すことになるからである。CAIは、中国の製造分野とサービス分野への市場アクセスの改善、公正な競争環境の整備の観点からCPTPPよりも広い包括的な国有企業(SOE)の定義の導入、補助金規制強化、海外投資家の標準化業務への平等な参加の保障、強制的な技術移転の禁止及び競争法の運用の透明性など、中国に対して画期的な義務を課し、WTO改革との関係で制度的インプリケーションを与える可能性がある。さらに、持続可能な発展の観点から労働者権利保護についても四つの労働条約の批准努力義務が課され、労働者保護の改善に関して中国の本音がCPTPP加入申請との関係で問われる。最後に、2020年のCAIには投資保護及び投資紛争解決制度は存在せず、別途の協定がCAIの調印後2年以内に交渉されることになっているが、中国も支持するとEUが提案する投資裁判所制度の影響力が世界的に増える可能性がある。

CAIに関するEU・中国の交渉結果を踏まえ、太平洋地域において下記の4点の政策的示唆を明確にした。

① グローバルルール・メーキングへの影響
Sui generis投資協定としてCAIは新しいジェネレーションの投資協定、いわゆる投資自由型協定の誕生を意味する。ここまで、多くの投資協定は投資後の保護と紛争解決など狭い範囲を対象にしてきたが、中国市場へのアクセスにおける相互主義とEU投資家への公平な土俵(a level playing field)の確保を求めた点でCAIの意義は大きい。今後、政界においても国内規制権限に深入りする投資協定の交渉が想定される。 

② 日中韓投資協定(2014)のアップ・グレードの可能性
日本は、当初日中韓投資協定で望んでいた市場アクセス(設立段階での無差別待遇)、透明性の確保、強制的な技術移転の禁止(履行要求の禁止)、および公正な競争環境を取得できなかった経緯がある。CAIは、日本と韓国が中国に対して目指した投資自由化レベルとなっている。2014年に効力が発生した日中韓投資協定は2024年に10年目を迎え、追加議定書などを通じてその内容の更新の絶好のチャンスでもある。日中韓投資協定交渉の際に、日本は中国市場において同様の問題を掲げる韓国の支持を得られたので、韓国と足並みを揃え、中国に対してCAIレベルの投資自由化・公正な競争環境を求めることができる。

③ 多国間投資裁判所の多角化可能性
投資家保護や紛争解決については、両当事者も最新式の(state of art)制度の導入で一致しているので、その結果の制度的インプリケーションも大きいだろう。中国は投資家対投資受入国紛争解決制度の改革に関するUNCITRAL交渉において、すでにWTOの上級委員会に似たような制度を支持し、EUと近い立場をとっている。中国も支持するとEUが提案する投資裁判所制度の影響力が世界的に増える。ただし、今のところ、それに関して日本の消極的立場が批判を呼んでいるが、多国間投資裁判所の実務が乏しいことを鑑みると、日本政府の立場は賢明であるといえる。

④ 中国のCPTPP加盟申請に関する示唆
CAIは、CPTPPに加盟申請している中国に対してどのようなアプローチをとるべきか迷っているCPTPP加盟国に2点で重要な示唆を与える。一つ目は、CAI交渉において中国は高いレベルの柔軟性を示しており、CPTPP加盟国も中国に対して交渉のプロセスにおいて厳しい要求ができることである。次は、中国にはWTOなどの国際協定を十分に国内実施しなかった問題もあり、その点においてCAIは精密な監視メカニズムをおいており、今後中国との交渉において重要な手がかりとなりえる。

図:中国経済の国際法的封じ込め戦略:WTO+
図:中国経済の国際法的封じ込め戦略:WTO+
参考文献
  • Bungenberg, Marc, and Catharine Titi. "11 The Evolution of EU Investment Law and the Future of EU-China Investment Relations." China and International Investment Law. Brill Nijhoff, 2014. 297-371.
  • Marisi, Flavia, and Qian Wang. "Drivers and Issues of China–EU Negotiations for a Comprehensive Agreement on Investment." China's International Investment Strategy. Oxford University Press, 2019, 163-193.
  • Weinian Hu, “The EU-China Comprehensive Agreement on Investment: An in-depth reading” CEPS Policy Insights, No PI2021-07/ May 2021.