ノンテクニカルサマリー

デューデリジェンスを伴う貿易制限的な規制が二国間貿易額に与える効果の推計:アメリカ・ドッドフランク法の紛争鉱物条項のケース

執筆者 東田 啓作(関西学院大学)/村上 進亮(東京大学)/新熊 隆嘉(関西大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)」プロジェクト

2010年に「ウォール街改革、および消費者保護に関する法律(ドッドフランク法)」が米国下院を通過した。この法律には紛争鉱物に関するデューデリジェンスを規定した条項がある。米国証券取引委員会に登録している企業は、そのサプライチェーン全体について、使用しているタンタル、タングステン、錫、金が歴史的な部族対立、天然資源を巡る武装勢力の対立、周辺国の介入等により不安定な情勢が継続してきたコンゴ民主共和国(DRC)及びDRCと国境を接する周辺9ヶ国由来のものかどうか、またその場合には紛争鉱物が含まれているかどうかを調査し報告しなければならない。

本稿は、タンタルとタングステンに焦点を当て、 (i) この条項が対象国から米国への貿易額に与えた影響、および(ii) 生産(輸出)、消費(輸入)両面からの貿易転換効果の有無を検証した。また、ウプサラ大学平和紛争研究所が提供している紛争死者数のデータ(https://www.pcr.uu.se/research/ucdp/ucdp-data/)を用いて、この条項が貿易と紛争の関連を弱めることに貢献したかどうか、およびTransparency Internationalが提供している腐敗認識指数(Corruption Perception Index: CPI)を用いて2000年代と2010年代とで対象国(DRC、および周辺国)からの輸出と腐敗認識との関連の程度に変化があったかどうかを検証した。

グラビティアプローチを用いた実証分析の結果、対象国(DRC、および周辺国)から米国への2011年以降の貿易額はそれ以前と比べて有意に減少したことが明らかとなった。また、対象国における紛争死者数と貿易額とのリンクが2011年以降弱まったことも明らかとなった。このようなターゲットとなる国々の輸出コストの上昇につながる規制、特に外国のProcess and Production Methods (PPMs)に関連する規制は、本来目的とする環境、資源、人権、紛争などへのインパクトを持つといえる。つまり、ターゲットとなった国において、紛争の資金源となるような生産の減少、環境負荷の減少などがもたらされる。紛争鉱物についてはEUが2021年より同様の規制を本格的に実施しているが、他の国々の規制も同じ効果を持つことが予測できる。

さらに、本来の規制の目的以外に2つの重要な効果が発生する。第1に、生産(輸出)、消費(輸入)両面において貿易転換効果が発生する。前者は対象となった国々から他の主要な輸入国への貿易額が増加するものであり、後者は他の鉱石生産国から規制を実施した国への輸出額が増加するものである。これは、時間の経過とともによりはっきりとした傾向が表れる。単に規制の結果代替先に輸出が行われた以上に、貿易ネットワーク、生産構造、したがってサプライチェーンの変化につながった可能性が示唆されており、シンプルなクラスター分析(タングステン鉱石貿易データ、本文図5)からもこのことは明らかである。左側は2007年、右側が2014年のものであるが、アフリカ中央部の国々が所属するクラスターが変化したこと分かる。第2に、規制の効果を弱める貿易ネットワークの変化が発生する。例えば本稿の結果からは、主要な輸出国や輸入国ではない国々でかつ腐敗認識が高い国々へ、対象国からの輸出が増えている可能性が示されている。

図:タングステン鉱石貿易のクラスター(本文、Figure 5)
図:タングステン鉱石貿易のクラスター(本文、Figure 5)

今後、環境・資源の保護、人権擁護、紛争・暴力の阻止を目的とし、貿易にインパクトを持つ規制や制度が増えていくことが予想される。このような状況で、一国がこうした規制を実施する際には、その目的の達成とともに貿易転換効果や漏出といった2次的な効果を考慮する必要がある。特に、貿易転換効果に伴う生産構造の変化は、その国だけではなくサプライチェーンに組み込まれている多くの国々に長期的な影響を与える。したがって、この種の規制実施や制度の構築に当たっては、複数の国々で同時に実施することも必要になってくると考えられる。