ノンテクニカルサマリー

グローバル化がテレワーク導入に与えた影響:コロナ禍における日本における調査に基づくエビデンス

執筆者 冨浦 英一(ファカルティフェロー)/伊藤 萬里(リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト グローバル化、デジタル化、パンデミック下における企業活動に関する実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」と略記)の拡大に対し、対面接触の削減のためテレワークが推奨されたが、実際に導入した企業は限られた。テレワークは、個々人の働き方や企業組織を変革するもので、導入には企業によっては多くの摩擦を伴う。コロナ以前からグローバル化していた企業は、国境を越えた遠隔地、制度も文化も異なる人々との調整の経験を積んでいるため、テレワークの導入が比較的容易であった可能性がある。このため、本論文では、企業のコロナ対応に関するRIETI独自アンケート調査結果を政府統計ミクロデータとリンクさせ、グローバル化がテレワーク導入に与えた影響の分析を行った。コロナとグローバル化の関係というと、グローバル・サプライチェーンの途絶が論じられることが多いが、本論文で考察するのは、グローバル化が進むとテレワークが進むかという仮説である。コロナ禍においては、グローバル化した企業の脆弱性がサプライチェーンの寸断とともに注目されることが多かったが、グローバル化した企業は、コロナ以前から、生産性が高くIT化も進んでいて、また業務の標準化や意思決定の透明性も高く、テレワーク導入が容易になる素地を備えたレジリエンスを有していたとも考えられる。この可能性を検証するのが、この論文の目的である。

まず、コロナに対する対応策について、我が国の製造業・卸売業に属する中堅・大企業に、RIETIでアンケート調査を2021年1月に実施した。22,948社に調査票を送り、6,722社から回答があった。その結果の概要については、別途、冨浦・伊藤・熊埜御堂(2021)としてとりまとめたところである。図で示したように、グローバル化した企業の方がテレワークの導入率は顕著に高い。以下では、企業特性をコントロールしてもこの傾向が見られるか分析する。

図

企業に関する政府統計(経済産業省企業活動基本調査)のミクロデータに、このアンケート調査結果をリンクさせ、5,494社についてコロナ以前の時点における種々の企業特性に関するデータを整備した。グローバル化については、輸出、輸入、海外直接投資、この他の企業特性としては、労働生産性、研究開発、情報通信、本社機能の比率等を用いた。

コロナ禍におけるテレワークの導入を左辺の被説明変数とし、右辺にコロナ以前における企業特性を取り入れた回帰式を推定したところ、コロナ以前に既にグローバル化が進んでいた企業の方がコロナ禍においてテレワーク導入に積極的であった傾向が見られた。しかも、この傾向は、企業規模、生産性や情報通信集約度など、グローバル化やテレワークに関係すると思われる企業特性をコントロールしてもなお統計的に有意である。また、貿易の中でも、多国籍企業グループ内での企業内貿易よりも、国境だけでなく企業の境界もまたぐ企業間貿易の方がテレワークとの関係が顕著であることも見出した。この結果は、グローバル化した企業は規模が大きく生産性も高いが、こうした違いを考慮した後でも、グローバル化した企業の方がコロナ禍に際してテレワークを積極的に導入したことを示しており、生産性といった技術的な要因では捉えきれない非技術的な、おそらく組織的な要因がテレワーク導入の障害になっているのではないかと示唆される。

なお、企業の負債比率や、輸出先・輸入元の地域集中度も回帰式に加えてみたが、グローバル化の影響は有意なままであり、グローバル化した企業はコロナ禍において特に深刻なショックを受けたがためにテレワーク導入を迫られたというよりも、外国(特に自社の在外法人でなく外国の企業)との意思疎通の経験がテレワーク導入に活かされたとの解釈が可能と考えられる。

今回の分析を通じて、グローバル化した企業の持つレジリエンス、特に想定外の事態に柔軟に即応して対面接触に依存しないで組織を運営できる能力を窺い知ることができる。コロナ禍を経て、グローバル化の負の側面が強調されることが増えた中で、グローバル化の評価にもう一つの視点をもたらすものとも言えよう。