ノンテクニカルサマリー

環境教育の効果を高めるナッジ

執筆者 黒川 博文(兵庫県立大学)/伊芸 研吾(慶応義塾大学)/木附 晃実(九州大学)/栗田 健一(九州大学)/馬奈木 俊介(ファカルティフェロー)/中室 牧子(ファカルティフェロー)/坂野 晶(ゼロ・ウェイスト・ジャパン)
研究プロジェクト 人的資本(教育・健康)への投資と生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人的資本(教育・健康)への投資と生産性」プロジェクト

2015年の国連サミットでは、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標としてSDGsが採択された。これは長期にわたってこの問題と向き合っていかねばならない中学生や高校生にとっても重要な社会課題であり、探求学習の研究テーマとしてSDGsに注目する学校が増加している。また、学校現場では「主体的・対話的で深い学び」(いわゆるアクティブ・ラーニング)に軸を据えた新しい学習指導要領への改訂が行われた。本研究では、こうした社会的な流れを踏まえて、生徒が環境問題や環境保全に主体的にかかわることができる向環境行動や向環境態度を育成するための探求型環境教育プログラムの開発を行い、ランダム化比較試験により本環境教育プログラムの有効性を検証した。加えて、環境教育実施後に、ナッジ(nudge:そっと後押しする)やブースト(boost:ぐっと後押しする)を含んだ振り返りシートを配布し、ナッジやブーストによる追加的な効果があるかどうかを検証した。

本研究で開発した環境教育プログラムは「ごみゼロゲーム」である。これまでに独自で「ごみゼロゲーム」の教材開発などを手掛けてきた一般社団法人ゼロ・ウェイスト・ジャパンと共同で、プラスチック製品削減に特化した教材を追加開発した。「ごみゼロゲーム」は、ゲーミフィケーションを活用した体験型学習教材で、日常生活の中で発生するごみを、そのままごみとして捨ててしまわないように助ける方法をクリエイティブに考えるゲームである。振り返りのワークシートにおいて用いたナッジは、目標設定である。ゲーム中に出てきた「レジ袋」「無料のウェットティッシュ」「ペットボトル」といったプラスチック製品を今後どれくらい捨てないように努力するかの目標を設定させた。また、振り返りのワークシートにおいて用いたブーストは、共感性を高めるものである。ゲーム中に出てくる「スーパーで売られている魚からマイクロプラスチックが見つかった」というイベントに着目し「もし、あなたが購入した魚にマイクロプラスチックが含まれていたと知ったら、あなたはどのような気持ちになりますか?」といったことなどに対して作文を課し、環境問題の当事者への共感性を喚起するものである。

全国8県の高校を対象にランダム化比較試験を行った。環境教育を実施した処置群では、目標設定を行うナッジ群、環境問題の当事者に対する共感性を高めるブースト群、ナッジとブーストの両方を行う群、ナッジもブーストも行わない群の4群に分けて、ナッジやブーストが環境に対する態度や行動に与える影響を分析した。開発した環境プログラムは生徒の環境に対する基礎知識やプラスチックごみ問題に関する関心を高めることができたことが明らかとなった。ナッジやブーストが知識の定着に追加的な役割を果たした効果は確認されなかったが、ナッジによってプラスチックごみ問題により関心を持つことが分かった。さらに、ナッジやブーストによって生徒の向環境行動が変わったことが明らかとなった。ナッジやブーストの処置群に割り当てられた生徒はコンビニなどで提供される無料のウェットティッシュの受け取りを断りやすくなることが分かった。学力別に環境教育の効果の異質性を確認したところ、異質性は確認されなかった。

本研究で使用・追加開発した「ごみゼロゲーム」は環境知識を増やし、向環境態度を高めることができる。学力による効果の異質性は確認されなかったことから、公教育において一律のゲーム内容で環境教育をすることでも十分に効果があることが示唆される。また、追加的な費用のほとんどかからないナッジやブーストを振り返りのワークシートに組み込むことで、環境教育の効果をより確実なものにすることができる。このようなナッジやブーストは広く応用可能である。

表1 環境教育の環境知識や環境問題への関心への影響
表1 環境教育の環境知識や環境問題への関心への影響
注:回帰分析の推定結果。***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で統計的に有意であることを示している。括弧内は各校のクラスレベルのクラスター頑健標準誤差を表している。
表2 環境教育の向環境行動への影響
表2 環境教育の向環境行動への影響
注:順序プロビットモデルの推定結果。***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で統計的に有意であることを示している。括弧内は各校のクラスレベルのクラスター頑健標準誤差を表している。