ノンテクニカルサマリー

仮想将来世代を導入した意思決定における認知変化と個人属性の影響‐参加型環境計画に基づく実証‐

執筆者 原 圭史郎(コンサルティングフェロー)/納谷 昌宏(大阪大学)/北梶 陽子(広島大学)/黒田 真史(常葉大学)/野間口 大(大阪大学)
研究プロジェクト 経済成長に向けた総合的分析:マクロ経済政策と政治思想的アプローチ
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「経済成長に向けた総合的分析:マクロ経済政策と政治思想的アプローチ」プロジェクト

気候変動問題、資源エネルギー問題、財政やインフラの維持管理問題など、現世代と将来世代の利害対立に関わる政策課題が多く顕在化してきた。市場など、既存の社会システムの下では、将来世代の利益も考慮した、世代間利害対立を乗り越えるための意思決定は困難なため、将来世代に持続可能社会を引き継いでいくための新たな社会システムや社会の仕組みのデザインとその社会実装が求められている。近視性を乗り越え、ヒトの将来可能性(西條、2018)を生み出すための社会の仕組みの一つとして、将来世代になりきって意思決定や交渉に参加する集団である「仮想将来世代」を導入する方法が提唱され、実験や実践などを通じてその効果が示されつつある(西條 2018、Kamijo et al., 2017, Hara et al., 2019, Hara et al., 2021)。一方で、本アプローチを、行政計画の枠組みで応用し、効果を実証した事例は限られている。また、仮想将来世代の仕組み導入などのトリートメント効果と個人属性との関係を詳細に分析した研究は非常に少ない。この点を明らかにすることは、仮想将来世代の仕組みを社会実装していくうえでも重要である。

本研究では、大阪府吹田市の第3次環境基本計画策定の行政計画プロセスの一環として、仮想将来世代の仕組みを導入した参加型ワークショップを実施し、その効果を分析した。2019年3月から8月にかけて、住民および市職員の計28名が参加した各回3時間の討議ワークショップを4回(4セッション)実施した。本ワークショップでは、参加者が6グループに分かれ(4回ともメンバー固定)、現世代の視点(セッション1)および仮想将来世代の視点(セッション2以降)それぞれから、「2050年時点の吹田市の社会像」と「今後採用すべき政策オプション」を検討するためのグループ討議と意思決定を行った。

4回の討議終了後に、参加者全員に対してアンケート①を実施した。本アンケートは1) 現世代と将来世代との関係性に関する認知項目、2) 吹田市に対する評価項目、3) 政策デザインや意思決定の上で重視する項目、を中心に合計35の設問項目から構成されており、これらに対する認知を5件法で聞いた。ここでは、仮想将来世代の仕組み等のトリートメントが、これらの項目に対する認知変化に与える影響を分析した。また、セッション1終了後には、個人属性(年収、家族構成、居住状況、職業等)や個人の考え方(Generativity, Scientific Literacy, Social Value Orientation, Critical thinking)を把握するためのアンケート②を実施した。これら個人属性や考え方と、アンケート①で把握した認知の変化との間にはどのような関係性があるのか、また、4回の討議セッション(トリートメント)は、この関係性に対してどのような影響を及ぼしうるのか、について分析した。図1に本研究全体の分析フレームワークを示す。

討議の発言データの解析、アンケート①の回答データを用いた各回(セッション1-4回)を独立変数とした一要因分散分析、そしてアンケート②の回答データを用いた個人属性を説明変数とした重回帰分析を行い、以下を明らかにした。まず、グループ討議のデータからは、仮想将来世代を導入することによって、現世代視点での議論に比べて参加者が提起する将来ビジョンや今後取るべき政策オプションの内容が質的に大きく変化することを明らかにした。仮想将来世代の視点を導入することで、参加者は既存にない新たな制度や社会システムを提起し、長期的・俯瞰的視点から効果を生む政策を選択する傾向が見られた。

一要因分散分析の結果からは、仮想将来世代の仕組みを導入することで、アンケート①の複数の項目について、統計的に有意な形で認知が高まる傾向がみられた。例えば、「将来の不安要素を取り除く必要性」「将来に対する危機意識」「将来に向けた社会的目標を共有する意識」などの項目については、仮想将来世代の仕組みを導入することによって、参加者の認知が高まった。

重回帰分析の結果からは特に次の重要な示唆を得た。現世代の視点から意思決定する場合には、個人特性としての「批判的思考(Critical thinking)」の度合いが、「将来への危機意識」「社会目標の共有意識」「現世代の責任意識」などに対する認知の高まりに影響していたが、セッション2で仮想将来世代の仕組みを導入することにより、Critical thinkingの度合いは、これらの認知の高まりに影響を与えるファクターでは無くなる可能性が示された。すなわち、仮想将来世代の仕組みを導入することによって、個人特性としてのCritical thinkingの強弱に依らず、これらに対する認知を高めることが可能であることが示唆された。

以上の結果は、将来世代を考慮した持続可能な意思決定を生み出すための仕組みのデザインに資する知見である。今後ケーススタディーを積み上げ、本研究で得た知見や示唆をさらに詳細に検証していきたい。

図1:分析の枠組み
図1:分析の枠組み
参考文献
  • 西條辰義(2018)「フューチャー・デザイン – 持続可能な自然と社会を将来世代に引き継ぐために」 環境経済・政策研究、11(2)、29-42
  • Kamijo Y, Komiya A, Mifune N, Saijo T (2017) Negotiating with the future: incorporating imaginary future generations into negotiations. Sustainability Science, 12(3):409–420
  • Hara K, Kitakaji Y, Sugino H, Yoshioka R, Takeda H, Hizen Y, Saijo T (2021) Effects of Experiencing the Role of Imaginary Future Generations in Decision-Making - a Case Study of Participatory Deliberation in a Japanese Town, Sustainability Science, 16(3), 1001-1016
  • Hara K, Yoshioka R., Kuroda M, Kurimoto S and Saijo T (2019) Reconciling intergenerational conflicts with imaginary future generations - Evidence from a participatory deliberation practice in a municipality in Japan, Sustainability Science, 14(6), 1605-1619