ノンテクニカルサマリー

学級閉鎖は児童・生徒の学力に影響を与えるか? 児童・生徒の社会経済的背景による効果の異質性の検証

執筆者 及川 雅斗(早稲田大学)/田中 隆一(ファカルティフェロー)/別所 俊一郎(東京大学)/川村 顕(早稲田大学)/野口 晴子(早稲田大学)
研究プロジェクト 大規模行政データを活用した教育政策効果のミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「大規模行政データを活用した教育政策効果のミクロ実証分析」プロジェクト

新型コロナウイルス感染症の拡大は児童生徒の学びの環境に大きな影響を与えた。初期の感染拡大下の2020年3月末には、世界167か国で全国的学校閉鎖が行われ、学校における授業時間が減少した。先行研究に則れば、授業時間の減少が生徒の学力を悪化させることについては予測が可能だが、その多くが補習学習プログラムの効果検証など「事前に決められ、ある程度予測された授業時間の変化」に着目している一方で、感染症による学校・学級の閉鎖といった「予期せぬ授業時間の変化」に着目した研究は多くない。予期できない急な授業時間の減少に家庭で十分に対応できない場合、こうした感染症の拡大による影響は、先行研究で分析されたような授業時間の減少のそれよりも大きくなる可能性がある。予期せぬ授業時間の減少が児童生徒に与える影響を分析することは、現在進行形、そして次なる未知のパンデミックに備えるために有用な情報となり得る。

本研究では、日本で過去に発生したインフルエンザに伴う学級閉鎖が、閉鎖翌年の児童生徒の学力に与えた影響を分析する。日本の公立学校の場合、感染症の予防上必要がある場合には自治体の教育委員会が学級を閉鎖することができるため、新型コロナ感染症における学校閉鎖が全国一律で実施された点と異なり、インフルエンザによる学級閉鎖の有無は同一地域においても横断的なデータの変動がある。そのため、学級閉鎖を経験した児童生徒に対する対照群を横断的に構築することができる。

分析では、首都圏にある住民60万人以上の自治体Xの教育行政データを用いた。この教育行政データには、自治体Xが運営する全公立小・中学校105校の児童生徒の情報が含まれており、これにより、学級閉鎖が閉鎖翌年の児童生徒の学力に与えた影響を推定した。加えて、こうした影響の程度は児童生徒の経済状況に依存する可能性が有るため、就学援助の受給状況を用いて家庭の経済状況による学級閉鎖効果の異質性の有無を検証した。

表 学級閉鎖が翌年のテストスコアに与えた影響
表 学級閉鎖が翌年のテストスコアに与えた影響
注)被説明変数は閉鎖翌年の学力調査のテストスコアで平均50、標準偏差10となるように標準化。「学級閉鎖」は児童がその年度に学級閉鎖を経験した場合に1となるダミー変数。回帰式には、就学援助の受給状況(要保護、準要保護、非認定、申請なし)、女子ダミー、学級規模(2次関数)、学年規模(2次関数)、当該年度のテストスコアの3次関数(科目間交差項含む)、年度固定効果、学校固定効果、学年固定効果が含まれる。就学援助受給(要保護と準要保護)世帯を「低所得世帯」と、それ以外を「高所得世帯」と定義した。括弧内の数字は、学級レベルでクラスタリングされた標準誤差。**は5%水準で、統計的に有意であることを示す。

分析の結果、学級閉鎖の経験が、就学援助受給家庭、すなわち比較的所得が低いといえる家庭に属する小学生の翌年度の算数のテストスコアを、統計的に有意に5.35%標準偏差低下させることが明らかになった (表1行(2))。これはつまり、1年間の学習が学力の1標準偏差の上昇と等価であるとするならば、1年間の学習の約5%が学級閉鎖により失われたと解釈できる。この係数は、補習学習プログラムによる授業時間増加が学力に与える効果よりも大きいものであった。一方で、所得の高い家庭に属する小学生では、学級閉鎖の影響による翌年度算数スコアの低下は観察されなかった。(国語のテストスコアでは、両群において学級閉鎖の統計的に有意な影響は推定されなかった。)

さらには、学級閉鎖が経済的に不利な小学生の学力に与えた影響は異質性を持っており、男子小学生で、特に閉鎖前から勉強が苦手な児童ほど負の影響の程度が大きいことが明らかになった。学級閉鎖がこの群の男子小学生の翌年の放課後の時間利用に影響を与えており、例えば、テレビやゲームに費やす時間の増加が観察された。こうした行動変容が、児童の学力をより低下させた要因と推察できる。

ただし、経済的に不利な小学生でも、担任教員の教歴が長い場合、学級閉鎖の負の影響の程度が緩和される可能性も示唆されている。

そして、学級閉鎖の負の影響の持続性は強くなく、負の影響の大きさは2年後には1年後と比較して約半分になり、統計的には有意でなくなった。自治体Xは公立学校に属する児童生徒に半年で22.5時間ほどの補習プログラムを独自に提供しており、こうした公的介入が負の影響の持続性を緩和した可能性がある。

分析結果から、対象児童のうち所得の低い家庭に属する児童のみが学級閉鎖の負の影響を受けることが明らかになり、それら児童に対して何らかの対応を行わない場合には、児童の学力、延いては将来の状況に差を生じさせる可能性がある。また、学級閉鎖の負の影響は、所得の低い家庭に属する児童の中でも特定の属性を持つ児童で顕著であり、そのような負の影響を受けやすい児童に対して資源配分を集中し、ケアを行う必要がある。例えば、事前の対策として、影響を受けやすい児童生徒を一つの学級にまとめて、教歴の長い教員を担任に配置することにより、仮に学級閉鎖が生じた場合でも、その影響を最低限に抑えることができるかもしれない。学級閉鎖発生後の対策としては、学力が低下した児童生徒に対して補習等を行うことも一つである。このように、公的な介入は、児童生徒に対する短期的な学習環境変化の悪影響を緩和するために重要な役割を持つことになるだろう。