ノンテクニカルサマリー

危機と地域における生産性分布の変化

執筆者 安達 有祐(國學院大學)/小川 光(東京大学)/津布久 将史(大東文化大学)
研究プロジェクト ポストコロナの地域経済と地域金融の役割
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「ポストコロナの地域経済と地域金融の役割」プロジェクト

背景:2020年以降、COVID-19拡大に伴い世界経済は大きな影響を受け、予期できないこのような大規模なショックから回復することが、日本のみならず世界各国に共通する課題となっている。危機に対する回復を考える際に注目されている概念が、経済レジリエンス(強靭性)である。経済レジリエンスは自然災害や経済危機などの負のショックに対する経済アウトカムの耐性と回復力から構成され、不確実性の高まる社会において、長期的な経済成長実現のために強化が必要な要素とされている。本稿では、大規模なショックが地域の製造業の生産性に与える影響をアウトカムとして、国内のどの地域が危機に対して強靭なのか明らかにしている。

分析内容:本稿では、2008年の世界金融危機と2011年の東日本大震災という2つの危機の影響をレジリエンスの概念にもとづき推定を行った。具体的には、図1-(a) で示されるように、何らかの理由で発生した危機に対する地域生産性の強靭性を、(i) 危機による生産性の低下幅、(ii) 生産性低下の期間、(iii) 危機前の水準に回復するのに要した期間に分解する。図1-(a) で示された地域は危機によって生産性の後退が見られるものの、その後に生産性が危機前の水準にまで戻っている。そのため、この地域は危機前の成長経路に戻る強靭性を備えていると考える。他方、図1-(b) では危機からの生産性回復が見られていない。このような地域は、危機に対する強靭性、とりわけ回復力に欠ける地域と考える。

図1 経済レジリエンスの構成要素:耐性と回復力
図1 経済レジリエンスの構成要素:耐性と回復力

分析に際しては、Quantile Approachを用いている(注1)。この手法によって、平均的な生産性変化を見るだけでは捉えることができない要素(例えば、危機の影響は企業の生産性水準によって異なっていた可能性等)を生産性分布の変化を通じて定量的に捉え、図1の考え方に沿って地域経済の耐性と回復力を明らかにしている。

結果:製造業を対象に行った本稿の分析結果の一部が表1で表されており、2008年に生じた世界金融危機が、地域の生産性分布に対して、どのタイミングで、またどのような影響を与えたのかが示されている。Shift列では、危機が地域内の事業所に対して均一的な影響を与えたかどうか、また、それによって地域の生産性分布がどれほど左方向に平行シフトしたかが示されている。Dilation列は、事前の事業所の生産性水準によって危機から受ける影響にばらつきがあるのかどうかを示しており、+であれば地域の生産性分布が広がる(縮む)効果が生じていたことを意味する。Truncation列は、市場で生き残るために最低限必要な生産性水準に変化があったかどうかを示している。表1の結果を2点に絞って要約すると以下のようになる。

第1に地方圏と比べて都市圏の方が危機に対する強靭性が高い傾向がある。関東・東海・近畿・東北地方では世界金融危機の影響が大きく2008年と2009年を合わせて20%前後の生産性の後退があったものの、その翌年の2010年には危機前の半分程度の水準まで回復する強靭性を有している。他方で、地方圏では、北陸・中国地方は2009年に危機からマイナスの影響を受けたまま、その後も回復する傾向は見られなかった。加えて北海道・四国・九州/沖縄は、危機の前後で生産性分布に変化は見られず、国全体が危機から回復する時期でも生産性分布は停滞した状態にあった。

第2に、特に都市圏では危機の影響は、すべての企業に均一な影響を与えるわけでない。関東・東海・近畿の3地域では危機発生後の生産性が低迷する期間に分布の広がりがあった。これは生産性の低い企業ほど危機のマイナスの影響が大きかったことを意味する。

上記2点は、(i) 危機の影響を受けても、そこから回復する強靭性を有している関東をはじめとした都市圏、(ii) 生産性分布が固定的でダイナミズムが失われている地方圏、(iii) 危機に伴う負の影響を受けたまま生産性分布の位置が元に戻らずに、危機前とは異なる成長経路に移行してしまう地方圏という3極化が生じていることを意味する。このことは、地方圏を中心に危機発生後の生産性回復を促進させる、あるいは危機時に生産性の落ち込みを最小限に抑えるための事前の投資と仕組みづくりを行うことが、日本全体の生産性分布を右方向にシフトさせることにつながることを示唆しているといえよう。

表1 世界金融危機時の地域経済レジリエンス
表1 世界金融危機時の地域経済レジリエンス
(注)***、**、*、はそれぞれ推定が1%、5%、10%で有意であることを示す。
脚注
  1. ^ Quantile approachについて、より詳細な内容はCombes et al. (2012)、Adachi et al. (2021)を参照されたい。
参考文献
  • Adachi, Y., H. Ogawa, and M. Tsubuku (2021) “Productivity Dynamics during Major Crisis in Japan: A Quantile Approach,” Empirical Economics, DOI: 10.1007/s00181-021-02136-x.
  • Combes, P-P., G. Duranton, L. Gobillon, D. Puga, and S. Roux (2012) “The Productivity Advantages of Large Cities: Distinguishing Agglomeration from Firm Selection,” Econometrica, Vol. 80, 2543-2594.