ノンテクニカルサマリー

国際投資協定が日本の対外直接投資に与える影響:企業レベルの分析

執筆者 浦田 秀次郎(ファカルティフェロー)/白 映旻(福山大学)
研究プロジェクト グローバリゼーションと日本経済:企業の対応と世界貿易ガバナンス
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバリゼーションと日本経済:企業の対応と世界貿易ガバナンス」プロジェクト

直接投資を促進することを目的とした国際投資協定(international investment agreements, IIAs)の各年における締結数が21世紀に入り低下しており(図1)、世界各国の政策担当者の間でIIAへの関心が低下しているようである。背景には、IIA数の増加に伴ってIIA締結の可能性が減少するという物理的な理由もあるが、IIA締結によって政策の自由度が低下することに対する政策担当者の不満もある。例えば、IIAを締結していると、自国の産業を育成するために外国からの直接投資を制限することが難しくなる。さらに、IIAの投資促進効果について懐疑的な研究結果が発表されてきたこともIIAへの関心を低下させる原因になっている。一方、世界の傾向とは対照的に、日本の締結したIIAの数は近年増加している(図2)。これらの状況を踏まえて、本論では日本が締結したIIAの日本企業による対外直接投資への促進効果の有無を検証した。本論の特徴は、従来の研究の多くがIIAの有無のみに着目していたのに対して、IIAの質およびIIAに関する紛争の有無に着目したことが挙げられる。

IIAは二国間投資協定(bilateral investment treaty, BIT)と投資章を含む自由貿易協定(free trade agreement, FTA)の二つの形態をとる。本論では1984年から2018年までに発効した42の日本のIIAを分析の対象としたが、そのうちBITが29、FTAで13であった。また、IIAは投資保護型と投資自由化型の二つに分類することができるが、20世紀において発効したIIAはほぼ全てが保護型であったのに対し、21世紀以降では自由化型が主流となっている。分析は2000年から19年までに日本企業が94か国で行った12,445の直接投資について、条件付きロジット・モデル(conditional logit model)を適用することで、投資先として選ばれた国の属性を明らかにするという形で行われた。国の属性としては、日本とのIIAの有無、IIAの質、投資紛争の有無、規制制度の質などの本分析で注目する属性だけではなく、経済規模、賃金、成長率、日本からの距離、日本企業による集積等通常の直接投資の決定要因の分析で検討される属性も含めている。ここで高品質のIIAとは設立前内国民待遇、技術移転要求の禁止、留保表の有無(ネガティブリスト)、収用と補償、ISDSなどの諸条項を含むIIAを指している。

分析結果からは、日本とのIIA締結が、IIA相手国の日本企業による直接投資先として選ばれる確率を上昇させることや包括的な内容を含むIIAや高品質のIIAの締結は同確率を上昇させることが明らかになった。また、IIA締結によって直接投資先として選ばれる確率は制度が整備されていない国において大きく上昇すること、さらに、投資紛争の経験が少ない国や制度が整備されている国は直接投資先として選ばれる確率が高いことも示された。上述したような傾向は中小企業や製造業に属する企業において特に強い。これらの分析結果から、直接投資を引き付けるための政策に関して有益な示唆を得ることができる。第一に、直接投資拡大にはIIAが有効である。第二に、IIA交渉においては、IIA発効後に紛争を発生させないようなIIAを締結できるように、綿密に準備をして慎重に進めなければならない。第三に、法制度を始めとして規制制度など様々な制度を整備することが重要である。

図1 世界の国際投資協定(IIA)の推移
図1 世界の国際投資協定(IIA)の推移
図2 日本の国際投資協定(IIA)の推移
図2 日本の国際投資協定(IIA)の推移