ノンテクニカルサマリー

中国輸入浸透率の日本の雇用への影響:企業特性および地域の特徴

執筆者 早川 和伸(ジェトロ・アジア経済研究所)/伊藤 匡(学習院大学)/浦田 秀次郎(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト グローバリゼーションと日本経済:企業の対応と世界貿易ガバナンス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバリゼーションと日本経済:企業の対応と世界貿易ガバナンス」プロジェクト

中国から急増する輸入は世界各国に大きな影響をもたらしている。この影響が最も顕著に表れているのは米国であり、世界金融危機以降の米国における失業や雇用状況の悪化の主な原因として中国からの輸入急増が非難の的となっている。実際、2016年の大統領選挙では、雇用を守るために中国からの輸入を制限することを選挙公約として掲げたドナルド・トランプ候補が、中西部の錆びた工業地帯(ラストベルト)で働く労働者の支持を得て当選した。トランプ大統領は就任後、中国からの輸入品に対して高関税をかけて公約を実行したが、中国からの報復関税を喚起したことで、米中による関税戦争が勃発した。

中国からの輸入の急増は、米国での雇用への影響によって注目されてきたが、国内市場における中国からの輸入のシェアは、米国よりも地理的に中国に近接する韓国や日本において大きい(図参照)。この点を踏まえて、本稿では、中国からの工業製品輸入額増加の日本企業の雇用への影響について分析した。分析の特徴として、従来の研究ではデータ入手が難しかったことなどから分析の対象とされてこなかった賃加工業者を分析に含めたこと、また地域による影響の違いを考察したことである。

分析は1996年から2014年の期間を対象として企業および事業所レベルのデータを用いて計量経済学的手法を適用して行った。データは雇用と生産については工業統計調査及び経済センサス(経済産業省)、貿易については貿易統計(財務省)から入手した。分析からは、中国からの輸入は企業の存続に負の影響を及ぼすこと、特に規模の小さな企業への影響が大きいことが明らかになった。また、賃加工業者の生存確率は中国からの輸入に対して更に脆弱であることが分かったが、大都市圏で操業する賃加工業者については他の地域の賃加工業者と比べると負の影響は軽減されていた。その背景には、大都市圏には賃加工を必要とする様々な企業が操業していることから、比較的に容易に仕事を受注できるという事情がある。また、期間末(2014年)まで存続した企業の雇用については、中国からの輸入は雇用に負の影響をもたらすことが明らかになったが、その影響は企業規模の違いや賃加工業者において負の影響が大きいというような関係は統計的に有意な形では認められなかった。中国に海外子会社を有する企業や日本国内に複数の事業所を持つ企業は日本国内での雇用を縮小させる傾向が強いこと、また、東京、愛知、大阪の都市圏で操業する事業所において雇用への負の影響が強いことが明らかになった。

中国からの輸入で廃業や生産・雇用の低下等の被害を受けた企業や被雇用者に対しては、政府による、より生産性の高い事業や雇用への転換を促すような技術的・資金的支援の提供が求められる。

図 世界各国における中国からの輸入の市場浸透度(%)
図 世界各国における中国からの輸入の市場浸透度(%)