ノンテクニカルサマリー

体制移行と中国における党員と非党員間の賃金格差

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)」

中国は経済体制の市場経済化を推進する一方で、政治体制面では、事実上の共産党一党独裁制を維持している。周知の通り、中東欧・旧ソ連圏の旧社会主義諸国は、激進型改革を行い、経済と政治の両面で、比較的短い期間に抜本的な政治・経済体制転換を同時に実行し、その結果、社会主義時代に政治リーダーとした共産党組織の経済体制への影響力は、大幅に縮小した。一方,漸進主義的改革路線を歩む中国では、鄧小平時代から数えて40年余りが経過した今日でも、中国共産党は、依然として、企業内およびコミュニティの党組織(いわゆる「基層党組織」)を媒介して、非国有部門を含む国内企業の経営活動および中国国民の生活行動に大きな影響を与えている。これは、中国型国家資本主義(あるいは権威主義)の大きな特徴の1つとなっている。中国経済のこのような特異性は、大変ユニークな分析視点を生み出している。

本研究は、中国政治体制と労働市場に関連する3つの課題に関しては、中国家計所得調査(Chinese Household Income Project Survey)の2時点(2002および2013)の個票データを用い、実証研究を行った結果、以下の結論を得た。第1に、共産党組織に加入する可能性は、男性、高学歴者、および党員メンバーである両親を持つ労働者の方が高く、党員資格の親子継承(「世襲」)が存在する。第2に、党員資格の賃金プレミアムが存在するが、経過年とともに低下する傾向にある。第3に、人的資本要因を含む属性要因が党員と非党員間の賃金格差に与える影響は非属性要因より大きい(図1)。市場経済移行の進展につれ、人的資本の影響が大きくなる一方で、非党員に対する差別的取り扱いや、党員資格を獲得する可能性を決定する要因(例えば、党員資格の「世襲」)が、賃金格差に影響を及ぼすことが示されている。

図1 党員と非党員間の賃金格差に関する要因分解の結果
図1 党員と非党員間の賃金格差に関する要因分解の結果
出所:筆者作成。

実証研究の結果は、3つの政策的含意を持つと考えている。第1に、2002から2013年にかけて、党員資格の賃金プレミアムが低下する傾向にある。また、人的資本要因が党員と非党員間の賃金格差の主な要因であり、その賃金格差に与える影響は、近年になるほど大きくなることがわかった。これらの分析結果により、2000年代の中国では、経済体制の市場化改革の進展とともに、市場メカニズムが賃金決定に与える影響が大きくなり、党員と非党員の賃金格差には、人的資本要因による「合理的格差」の部分が大きいことが示された。中国共産党組織は市場化経済の進展に対応し、従来の党組織の忠誠心以外、人的資本も重視し、多くの高学歴・高技能の労働者を党員として選択したことをうかがえる。現在、政治体制で政治と学歴のエリートとする共産党員は、依然として支配的なものであるが、今後、市場志向の改革の進展に伴い、人的資本の影響がより大きくなると、党員と非党員間の賃金格差が大きくなる可能性があろう。

第2に、非党員に対する差別的取扱の問題が存在する。これは、職場における「不合理的格差」となっている。政治制度による一種のレント(rent)である。政治体制が根本的に改革されなかったら、このレントが存在すると考えられる。

第3に、人的資本およびその他の個人属性と職場要因(たとえば、職業、産業部門)をコントロールした後、党員資格の親子継承(党員資格の「世襲」)が存在することが示された。党員資格の「世襲」は、社会階級(たとえば、政治エリート階層)の流動性を低下させると考えらえる。それは社会的格差と社会的分裂を拡大する可能性があり、中国の社会的安定と持続的な経済成長を損なう恐れがある。したがって、経済体制の市場化改革の進展につれ、政治体制の改革は今後の重要な課題となっている。