ノンテクニカルサマリー

中国との輸入競争とマークアップの散らばり

執筆者 早川 和伸(アジア経済研究所)/浦田 秀次郎(ファカルティフェロー)/山ノ内 健太(香川大学)
研究プロジェクト グローバリゼーションと日本経済:企業の対応と世界貿易ガバナンス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバリゼーションと日本経済:企業の対応と世界貿易ガバナンス」プロジェクト

中国の台頭は、21世紀の世界経済にとって最も重要な出来事の一つである。2022年4月現在、中国は世界第2位の経済大国であり、世界最大の輸出国でもある。UN Comtradeによると、2020年の中国の輸出額は2兆5千億ドルに達し、2000年のおよそ10倍にも上る。この巨大な輸出国としての中国の成長は、他国に様々な面で大きな影響を及ぼしてきた。中国の輸出は他国の大規模な雇用喪失を引き起こしたという指摘がまず挙げられるが(Autor, Dorn, and Hanson, 2016)、中国との輸入競争はその他の面に関しても多くの研究があり、ジェンダー関連指標や政治スタンス、健康、犯罪などに影響を与えたことが明らかになっている。

下図は本論文で利用する中国との輸入競争の指標の推移を示している。この指標は日本の国内生産額と世界からの輸入額に占める中国からの輸入額の割合であり、品目ごとに算出された指標の四分位点を年ごとに集計して表示した。輸入競争指標は2000年代前半に急上昇しており、この時期に中国との輸入競争が激化したことが示唆されている。世界金融危機後に上昇のペースはやや低下したが、以降も高い水準を維持したまま緩やかな上昇が続いている。

この中国との輸入競争の激化は、他国の経済全体に大きな影響を及ぼしたと考えられる。相対的に安価な製品が中国から流入すると国内製品の需要は低下し、競合する生産者は生産の縮小と雇用の減少を余儀なくされる。価格の低下や品質の向上が可能であれば生産は維持されることもあるが、多くの場合には生産する品目の転換や廃業も選択肢となる。その一方、輸入競争は消費者の利益となる面も持ち合わせている。消費者は相対的に価格の低い輸入製品が入手可能になるだけでなく国内製品の価格低下からも恩恵を受け、消費者の実質所得や経済全体の厚生水準は上昇しうる。生産者が輸入競争によって受ける影響は消費者や経済全体への影響を考える際にも無視できない問題であり、生産者への影響の分析は輸入競争や貿易政策を評価するうえで重要な意義を持つと考えられる。

そこで、本論文では、工業統計調査(経済産業省)と経済センサス‐活動調査(経済産業省及び総務省)を用い、中国との輸入競争の激化が日本国内の製造業事業所に及ぼす影響を分析した。特に、本論文は生産者のマークアップに焦点を当て、輸入競争が激化した品目を生産する事業所のマークアップの変化を明らかにした。マークアップは価格と限界費用の比率であり、マークアップが低ければ事業所は激しい競争に直面していると解釈される。また、マークアップの散らばりは事業所間資源配分の指標ともされ、一定の理論的仮定の下でマークアップが同一ならば効率的な資源配分が成立する。近年の研究ではアメリカにおけるマークアップの上昇が重要なテーマになっており、労働分配率の低下や経済のダイナミズムの停滞との関係が指摘されている(De Loecker, Eeckhout, and Unger, 2020)。

本論文の分析結果は、以下のようにまとめられる。まずは事業所レベルで輸入競争の指標とマークアップとの関係を推定したところ、中国との輸入競争が激化した事業所はマークアップを低下させていることが明らかになった。この影響は中国との輸入競争で顕著に見られ、その他の国々との輸入競争では観測されなかった。また、国内製品の価格や出荷額でも同様の影響が見られた。さらに、それぞれの指標を産業レベルに集計し、輸入競争が産業全体に及ぼす影響を分析した。マークアップの散らばりや各分位点への影響を産業レベルで推定したところ、中国以外との輸入競争はマークアップの散らばりを減少させるが、中国の輸入競争はマークアップの散らばりには明確な影響を与えていないことが示された。

このような結果から、中国との輸入競争は消費者に多大な恩恵をもたらしたが、その一方で事業所間の資源配分改善には寄与しなかった可能性があるといえる。これは中国以外の国々との輸入競争とは対照的な結果であり、輸入競争は相手国の特性に応じて様々な経路を通して経済厚生に関わると考えられる。輸入競争の影響や貿易政策を評価する際には事業所間の資源配分も考慮する必要がある。

図.中国との輸入競争の推移
図.中国との輸入競争の推移
出所:工業統計調査(経済産業省)、経済センサス‐活動調査(経済産業省及び総務省)より作成
参考文献
  • Autor, D. H., Dorn, D., and Hanson, G. H., 2016, The China shock: Learning from labor-market adjustment to large changes in trade, Annual Review of Economics, 8, 205-240.
  • De Loecker, J., Eeckhout, J., and Unger, G., 2020, The Rise of market Power and the Macroeconomic Implications, Quarterly Journal of Economics 135 (2), 561–644.