ノンテクニカルサマリー

経済政策不確実性指数と地政学的リスク指数の複雑なグローバル相互依存関係

執筆者 相馬 亘(立正大学)/カロリナ・マグダ・ロマ(リオグランデ連邦大学)/後藤 弘光(金沢学院大学)/家富 洋(立正大学)/イリーナ・ボデンスカ(ボストン大学)
研究プロジェクト COVID-19禍のもとのマクロ経済:その実証的分析と復興への道程
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「COVID-19禍のもとのマクロ経済:その実証的分析と復興への道程」プロジェクト

地政学的リスクが高まった時、リスクを低下させるために国際社会が行う手段は、経済制裁である。制裁を受けた国の経済は大きな打撃を受け不確実性が増加し、その結果、地政学的リスクを低下させる行動に移行する。また、経済政策不確実性の上昇は、内政の不安定性のみならず他国間との関係も悪化させ、地政学的リスクへ発展することがある。歴史が明らかにしているように、現代のグローバル化した世界では、経済政策不確実性リスクと地政学的リスクは緊密に関係し、これらのリスクが伝播する速度は過去に類を見ないほど速くその影響範囲も広い。

経済政策不確実性リスクや地政学的リスクを数値化することは難しい。スパイ映画ならば、衛星画像、盗聴、クラッキング、スパイからの情報を使うことができるであろうが、アカデミックな研究の立場では、新聞やSNSなどのテキストデータを拠り所とすることになる。近年、新聞記事の記事数のカウントから、経済政策不確実性や地政学的リスクを指数化する研究が発展してきており、本研究では、Baker等によって開発された経済政策不確実性指数と、Caldara等によって開発された地政学的リスク指数を用いて、31カ国におけるこれ等の指数の相関構造を解析した。また本論文では、複素ヒルベルト主成分分析を用いることによって有意な相関構造を抽出し、その相関行列から相関の強さを結びつきの強さとするネットワークを構築した。また、Helmholtz-Hodge分解を用いて指数の先行遅行関係を決定し、ネットワークのリンクの方向を、先行する指数から遅行する指数への向きに定義し、ある種の因果ネットワークを構築した。

図1は、1997年1月から2020年12月までの経済政策不確実性指数と地政学的リスク指数を用いて描いた相関(因果)ネットワークである。図中の丸い国旗は経済政策不確実性指数を表し、四角い国旗は地政学的リスク指数を表している。有向リンクの向きは先行から遅行への方向を表し、リンクの太さは相関の強さを表している。リンクの色は、緑が経済政策不確実性指数間のリンク、青が地政学リスク指標間のリンク、赤が経済政策不確実性指標と地政学的リスク指標をつなぐリンクである。このネットワークに対してコミュニテー分析を行った結果、2つのコミュニティーから構成されていることがわかり、各コミュニティーを黒色の実線で囲んでいる。この図から、1997年1月から2020年12月の期間では、中国の経済政策不確実性は地政学リスクのコミュニティーに所属していたことがわかる。

図1 1997年1月から2020年12月の相関(因果)ネットワーク
図1 1997年1月から2020年12月の相関(因果)ネットワーク

図2は、世界金融危機の前の期間として、2004年9月から2008年8月の4ヶ月のデータを使った解析である。図より、この期間は4つのコミュニティーに分かれていて、ギリシャ、オーストラリア、インドが地政学リスク指数のコミュニティーに属していたことがわかる。また、図1と比較して、赤色の有向リンクが密であることから、経済政策不安定性性と地政学的リスクが密に関係していたこともわかる。

図2 2004年9月から2008年8月の相関(因果)ネットワーク
図2 2004年9月から2008年8月の相関(因果)ネットワーク

以上のように、本論文により、経済政策不確実性と地政学リスクを相関(因果)ネットワークで表現することができるようになり、どの国のリスクがどのように世界の国々に伝播するのか予測できる可能性が出てきた。一方、現在の指数は新聞記事の数のカウントという古典的な方法を用いているため、今後、機械学習を用いた自然言語処理の方法を用いて、テキストの意味を更に的確に指数化する方法を解析していく予定である。更に、SNS、国際産業連関表など、多様なデータとリンクさせることにより、今後、国際政治や経済政策で利用できる。