ノンテクニカルサマリー

原産地規則の変更は輸入国企業のパフォーマンスにどのような影響を与えるか?

執筆者 早川 和伸(アジア経済研究所)/山ノ内 健太(香川大学)
研究プロジェクト グローバリゼーションと日本経済:企業の対応と世界貿易ガバナンス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバリゼーションと日本経済:企業の対応と世界貿易ガバナンス」プロジェクト

一般特恵関税制度(GSP)は、輸出拡大を通じた経済発展を願い、途上国に一方的に与えている特恵関税制度である。近年では、先進国のみならず、途上国も後発開発途上国(LDC)向けにGSP制度を導入し始めている。我が国は1971年よりGSPを導入しており、途上国向けとLDC向けの二種類の制度がある。近年におけるLDC向けのGSPでは、ほとんど全ての品目に対して無税での輸入を認めている。ただし、こうしたGSPに基づく特恵関税率を用いる際には、経済連携協定と同様に、輸出品はいわゆる原産地規則を満たす必要がある。つまり、輸出国である途上国、LDCにおいて「十分に」生産された製品のみ、日本での輸入時にGSP特恵税率の利用が認められる。

我が国では、ニット製品におけるGSPの原産地規則がここ10年で段階的に緩和されてきた。一回目は2011年4月の改訂であり、いわゆる「三工程基準」から「二工程基準」に緩和され、二回目は2015年4月の改訂であり、さらに「一工程基準」に緩和された。一般に、衣類を生産するためには、繊維、綿花などを糸にする工程、糸を生地にする工程、生地を衣類にする工程という、三つの工程を行う必要となる。GSPを利用するためには、2011年4月までは輸出国である途上国において、この三工程すべてを行う必要があった。しかしながら、2011年4月に二工程基準に緩和されたことにより、糸から生地、そして生地から衣類にする二工程さえ行えば、GSP税率の利用が認められるようになった。さらに2015年4月になると、輸入生地の利用も認められ、生地から衣類を作る工程さえ輸出国で行えば、GSP税率の利用が認められるようになった。また、こうした工程に関する規則変更に加え、2011年4月の改訂時には自国関与基準が導入され、日本から輸入された生地は輸入品ではなく、輸出国産として見なすことが認められた。

こうした原産地規則の緩和により、我が国におけるLDC諸国からのニット製品の輸入は急増することになる。同じく衣服である一方、原産地規則の変更がない、布帛製品の輸入と比較すると、2011年と2015年の改訂時に、布帛製品に比べ、ニット製品の対世界輸入に目立った変化は見られない。一方、LDCからの輸入に限定すると、両改訂後、ニット製品の輸入が大きく増加している。その結果、ニット製品において、対世界輸入額に占めるLDCからの輸入額シェアは、2010年の1%から2016年には7%に上昇した。

図.日本における後発開発途上国からの衣服輸入額の推移(2011年 = 1)
図.日本における後発開発途上国からの衣服輸入額の推移(2011年 = 1)
出所:Global Trade Atlasを用いた筆者らによる計算

本論文では、こうした原産地規則の緩和により増加したLDCからの輸入が、日本のニット製品メーカーに与えた影響について実証分析を行っている。これまでにも原産地規則の変更が貿易に与える影響や、そもそもGSPが貿易創出効果を生んでいるのか、といった分析が行われてきたが、いずれもGSPという特性上、受益国における変化に焦点が当てられてきた。それに対して本論文では、供与国側の生産者に対する影響を分析している。GSPは一方的な自由化であるため、それによる国内経済への負の影響が大きい場合、GSPは停止されるかもしれない。持続的な制度の運用のためにも、供与国側の経済的影響をモニターしていくことも重要である。

実証分析では、2010年から2016年における事業所・製品レベルの生産額などを対象に、「差分の差分法」を用いた。ニット製品を処置群、布帛製品を対照群とし、2011年と2015年の原産地規則の改訂の効果を分析した。その結果、ニット製品生産者の生産額、製品単価、生産量において、平均的には、有意な影響は検出されなかった。この結果は、上述のように、全世界からのニット製品輸入は大きく変化していないことによるものと思われる。一方、LDCからの輸入は大きく増加していたため、低価格帯の製品を生産している事業所に特異な変化が見られるかを調べた。その結果、低価格製品を生産していた事業所に対しては、2011年改訂が製品単価を上昇、生産量を減少させたこと、また2015年改訂が生産量を減少させたことが明らかとなった。

おそらく、輸入ニット製品の生産に利用された生地の変化が、こうした結果をもたらしたと考えられる。LDCでは生地を内製することは技術的に困難であるため、輸入品が用いられる。2011年改訂では、依然として輸入生地の利用は認められておらず、唯一利用できたのが日本からの生地であった。そのため、2011年改訂後、GSP税率を利用した輸入品では、日本の生地を利用したニット製品が多くなったと思われる。これによりLDCからの輸入製品の品質が上がり、低価格製品の国内メーカーは輸入競争を避けるため、より高単価な製品へのシフト、集中を行い、これが平均単価の上昇と生産量の減少につながったと考えられる。一方、2015年改訂では輸入生地の利用が認められ、主に中国産の生地を利用した製品のGSP輸入が増えたと思われる。つまり、品質は劣るものの、低価格の生地が利用可能になったため、ニット製品の輸入価格も低下し、日本市場で価格競争が起こったことが、国内メーカーによる低価格製品の販売量を減少させたと考えられる。

結果として、GSPにおける原産地規則の緩和は、高価格・高品質製品への資源再配分を促したと言える。上述の通り、平均的には、ニット製品の生産に対して有意に負の影響は検出されなかった。近年、輸入競争による負の側面がしばしば指摘されるが、この結果は、ニット製品産業内でスムーズに資源再配分が進んだことを示唆している。GSPは途上国、LDCの経済発展を目的とする開発戦略の一環だが、供与国においても弊害の少ない形で高品質化を促進したとすれば、原産地規則の緩和は日本経済にも寄与したと言えるかもしれない。