ノンテクニカルサマリー

社会的弱者を包摂した交通の実現に向けて:完全自動運転と社会的支援

執筆者 兪 善彬(九州大学都市研究センター)/熊谷 惇也(九州大学都市研究センター)/川畑 雄太(九州大学都市研究センター)/馬奈木 俊介(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人工知能のより望ましい社会受容のための制度設計
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人工知能のより望ましい社会受容のための制度設計」プロジェクト

本研究では、社会的な弱者が、新たに導入される代表的な交通手段である完全自動運転車(fully automated vehicles; FAV)を選択するのかについて、定量的な分析を行う。社会的な弱者として、自然災害により深刻な身体的・精神的なダメージ(心的外傷後ストレス障害(PTSD)を含む)を経験した被災者に焦点を当て、FAV需要を推定する。

図1:論文の構造
図1:論文の構造

具体的には、自然災害に対する恐怖、社会的支援、環境意識、潜在的事故に対する恐怖、FAVに対して人々が感じるメリットを潜在変数として分析に含め、FAVの購入意欲の要因となっているかを検証する。 分析に用いるサンプルとして、大きな災害被害を受けたグループ(計12,286人)と、そのような災害経験のないグループ(計57,105人)を対象とする固有のデータセットを用意する。 結果的に、家族、友人、地方自治体による社会的支援が、被災者のFAV選択を促進する重要な要因であることが分かった。社会的支援がFAVの利用/評価に与えるプラスの影響は、自然災害や事故への恐怖によるマイナスの影響を相殺し、社会的弱者を含めたより多くの人にFAVを普及させることを可能にする。

本研究の推定結果は、災害被害者がFAVを選択する上でのほとんどの障害は、特に事故時に「自分の体や安全を保証できない」という恐怖から生じており、災害被害者はそうでない人々と比べて新しい技術に対する恐怖を強く有していることを明確に示唆した。

結果として、主に2つのことが明らかになった。1つ目は、FAVの事前知識に関する政府(または地域機関)のガイドラインを提供することによって、災害被害者特有の、事故等の緊急時に運転に関するコントロールを失うことからくる恐怖を大幅に軽減することがわかった。

2つ目は、災害被災者に対しては、性急にFAVの採用または評価を促すのではなく、家族や友人の支援の下、短い距離の運転シミュレーションを繰り返すなどの方法を試しながら、徐々にFAVの活用を認めることが望ましいことが示唆された。このような結論は、家族や友人の支援は、災害被害者が新しい技術に適応したり、運転に復帰することを後押しすることができることを示しており、既存の医学研究(Novack, 2010)の知見と整合的である。

本研究は、包括的なFAVを導入しようとする政策立案者に有用な政策的含意を提供する。 推定結果から、社会的支援の相互作用、例えば、政府や地方自治体による社会的支援を奨励し、FAVに関するガイドラインを策定·公表することで、災害被災者によるFAVの普及が促進されることを示唆している。一方、社会的支援の増加は、災害被災者がFAVを自分たちにとって有益であると認識、または評価できる動機付けになり得る。したがって、運転車両選択における社会的支援の重要性を強調する既存の研究結果(Skarin et al, 2019; Heine, 2016)を拡張した知見を提供したと言える。

参考文献
  • [1] Thomas A. Novack, Don Labbe, Miranda Grote, Nichole Carlson, Mark Sherer, Jun Carlos Arango-Lasprilla, Tamara Bushnik, David Cifu, Janet M. Powell, David Ripley, and Ronald T. Seel. Return to driving within 5 years of moderate–severe traumatic brain injury. Brain Injury, 24(3):464–471, 2010. PMID: 20184403.
  • [2] Frida Skarin, Lars E. Olsson, Margareta Friman, and Erik Wästlund. Importance of motives, self-efficacy, social support and satisfaction with travel for behavior change during travel intervention programs. Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behavior, 62:451–458,2019.
  • [3] Eva Heinen. Identity and travel behavior: A cross-sectional study on commute mode choice and intention to change. Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behavior, 43:238–253,2016.