ノンテクニカルサマリー

緩慢な企業退出のマクロ経済的含意について

執筆者 上田 晃三(早稲田大学)/及川 浩希(早稲田大学)/宮川 大介(一橋大学)
研究プロジェクト 企業成長のエンジン:因果推論による検討
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業成長のエンジン:因果推論による検討」プロジェクト

先進各国において、企業参入・退出の減少や雇用創出の鈍化をはじめとするビジネスダイナミズムの低下が近年報告されている。こうした現象を説明するために提示された理論モデルの1つは、GAFAに代表される大企業が、市場を占有しつつ新興企業の買収などを通してイノベーションの芽を摘むことで、結果としてビジネスダイナミズムが低下するメカニズムを描写する。しかし、こうした理論的説明は市場集中度の上昇が観察されている米国のビジネスダイナミズムの低下を説明するうえでは参考になるものの、市場集中度の低下を経験している日本の現況を理解するうえでは必ずしも有用でない。そこで、本研究では、企業の緩慢な退出過程が資源のミスアロケーションを生み出し、結果としてビジネスダイナミズムの低下が生じるというメカニズムを表現した理論モデルを構築した。

下図は我々の理論モデルが想定しているメカニズムを描写したものである。横軸で示された時間の経過に従って、縦軸で示された企業の売上高(モデル内では各企業の相対的な生産性水準に対応)がどのように推移するかを示している。各企業はR&D投資の実施を毎期選択し、実施した場合には一定の確率でイノベーションが起こることで売上高が改善される。下図において黒線で示されているケースは、R&D投資が適宜成功することで一定以上の売上高水準を維持している企業に対応する。一方、赤線で示された売上高の推移はいわゆるshadow of death(死の影)に対応するものであり、R&D投資の失敗によって売上高が閾値を下回った結果、R&D投資のインセンティブを失い、退出に至る単調な売上高の減少を経験した企業に対応している。

図 相対的な生産性ダイナミクス(売上高)
図 相対的な生産性ダイナミクス(売上高)

この理論モデルからは、更に、企業が競争相手との相対的な生産性水準をもとに意思決定を行うことから、社会的にみてR&D投資を選択する企業が過少となることが示される。また、退出に関する歪み(例:退出間際の企業に対して事業継続を支援する補助金)の存在によってR&D投資のインセンティブが下がり、経済成長の低下や経済厚生の悪化が生じることも示される。

我々はまた、理論モデルから得られるパターンが実際のパターンと整合的であることを日本企業に関する大規模データを用いた実証分析によって確認した。これは、我々の想定する理論的メカニズムが現実の日本経済の動きと整合性があることを示唆する。

ただし、本稿の結果を日本における実際の政策運営に当たって参考にする際には、以下の3点で留意が必要である。第1に、日本のデータに基づいてカリブレートされたモデルを用いたシミュレーションからは、理論モデルが想定するメカニズムが定性的には確認される一方で、退出に関する歪みの増加がもたらす経済成長への悪影響は定量的にみてそれほど大きなものではないことが確認された点である。この結果は、企業の退出を含む新陳代謝の改善によって経済成長を実現するという方策が合理的ではあるものの、退出における歪みの解消以外の様々な要因を考慮した政策運営が必要となることも示唆している。

第2に、仮に我々の理論的想定に立脚した政策運営を志向する場合、企業退出に伴って解き放たれた資源(人、資本)が別の企業によってどの程度速やかに活用されるかも重要な問題となる。労働市場やM&A市場の機能に依存するこうした移行過程の分析は、今後の重要な研究課題の1つと考えられる。

第3に、GAFAに類するスーパースター企業の意義をどのように評価するかが重要となる。これらの超大企業は経済成長に対して一義的にはプラスの影響を与えると想像されるが、冒頭で述べた理論モデルはこうした企業の競争抑制的な行動がマイナスの影響を生み出す可能性を指摘している。本稿が主たる対象とした企業分布の左裾の動きに加えて、スーパースター企業に牽引される分布の右裾をどのように理解し、政策的観点からどのように働きかけるのかは今後の重要な研究課題といえる。