ノンテクニカルサマリー

トランプ関税第三国の貿易への影響:トランプ貿易戦争の恩恵を得た国は?

執筆者 伊藤 匡(学習院大学)
研究プロジェクト 直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究」プロジェクト

本稿は、トランプ前米国大統領による対中国貿易戦争の米国の輸入構造への影響を分析したものである。より具体的には、中国からの輸入の減少に伴って、他の輸入相手国からの輸入が増加しているのか、また価格に変化が生じているのかを分析した。

下の表は、トランプ前米国大統領による一連の対中国向け付加関税の概要を示したものである。

表

トランプ前米国大統領による関税引上げ前の米国の中国向け関税率は平均で数パーセントにしか過ぎないため、25%は高率の関税である。HTSコード8桁の総品目数11300の内、List1からList3まで全てで約7000品目が同高率関税の対象とされた。特に、第三回目のList3は消費者家電や繊維など中国が米国への輸出を急速に伸ばしてきた一般消費財を対象にしている。

トランプ貿易戦争の最大の焦点は、中国からの輸入の減少及び中国からの輸入価格の変化である。先行研究は、トランプ関税が中国からの輸入の減少を引き起こしたことを示した一方、輸入価格には変化がないことを示した。前者は高率の関税から考えて予想通りであったが、後者の輸入価格に変化がなかったことは、驚きとともに受け止められた。何故なら、国際貿易論における交易改善効果理論の観点からは、米国のように世界市場に占めるシェアの高い国が輸入関税をかけると自国(米国)の需要が減少し、それは世界需要の減少も意味するため、世界均衡価格が減少することになり、米国は以前よりも安い輸入関税前価格で同財を購入できるようになる。よって、大方の予想は、価格の低下であった。しかしながら、価格の低下は全く発生しておらず、関税分だけ米国の買い手側が負担する形となった。

本稿は、米国の財別相手国別月次輸入データを利用して上記先行研究の結果を確認したのち、中国に代わって他の米国の貿易相手国が米国への輸出を増やしたか、その際に価格に変化があったか、について分析した。分析の結果、多くの米国の貿易相手国、特にメキシコやインド、ベトナムなどの発展途上国が中国に代わって米国への輸出額及び輸出量を増やしたこと、一方で中国からの輸入価格とは異なり、その他の国からの輸入価格には若干の減少が見られたことが見出された。後者の発見は、間接的に米国が交易改善効果に浴したことを示唆しているが、同結果のメカニズムを解明することは今後の研究課題である。