ノンテクニカルサマリー

科学論文・イノベーションの質がベンチャーファイナンスに与える影響:大学発ベンチャーの事例

執筆者 福川 信也(東北大学)
研究プロジェクト アントレプレヌール・エコシステムの形成
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「アントレプレヌール・エコシステムの形成」プロジェクト

1990年代以降、日本経済は相対的生活水準が長期的に低下する「第三の危機(深尾2020)」に陥っている。その原因は労働生産性の低迷にあり、解決にはイノベーションとアントレプレナーシップの促進が不可欠である。したがって、社会に広範な影響を与えるような新しい製品・サービスの開発を行う新企業の創成は「第三の危機」脱却の観点からも重要である。2001年の平沼プラン以降、政府は大学発ベンチャーを通じた大学の研究成果の産業への移転を促進してきた。大学発ベンチャーは上流研究を技術シーズとするため、ラジカルなイノベーション(既存製品の改良でなく、新しい市場の創造)を生み出すと期待されている。ラジカルなイノベーションにはターゲットとするような既存市場が存在しないため、その市場化には高い不確実性が伴う。ベンチャーキャピタル(VC)のような媒介機関は、上流研究を起源とする技術シーズへのニーズを作り出すことで科学の市場化に伴う不確実性を軽減する。逆に、論文・特許は大学発ベンチャーの研究・技術力のシグナルとして、投資の判断材料となる。つまり、大学研究の質、イノベーションの質、媒介機関は相互に関連しつつ、大学発ベンチャーが叢生するエコシステムを規定する(図1)。

本研究は大学発ベンチャーに関わる研究者の論文の質・イノベーションの質がVC・エンジェル投資家からの資金調達に与える影響、VC・エンジェル投資家からの資金調達が大学発ベンチャーの成長に与える影響を分析した。エルゼビア社のSciVal、ビューローバンダイク社のオービスIP、経済産業省の大学発ベンチャーデータベースを組み合わせ、2433社の非バランスパネル(2015-2020年)を構築した。論文の質は学術雑誌のタイプ、分野、出版年による論文生産・引用傾向の違いを制御した Field-Weighted Citation Impact(類似の論文と比較してどの程度引用されたかを示す指標)、被引用件数、h5-index(過去5年間に発表された論文の本数と被引用件数より研究の質と量を評価する指標)で代理した。イノベーションの質は technical quality(技術の質)、market attractiveness(市場魅力度)で代理した。媒介機関はVC・エンジェル投資家からの資金調達を示す二値変数で代理した。

推計結果から以下が明らかとなった。第一に、論文の質的指標のうち、h5-indexは大学発ベンチャーがVCから資金提供を受ける確率と正の相関をもつ。第二に、イノベーションの質的指標は大学発ベンチャーがVC・エンジェル投資家から資金提供を受ける確率と有意な相関をもたない。第三に、VCからの資金提供と大学発ベンチャーの売上高成長には正の相関がある。エンジェル投資家からの資金提供にはガイド効果はない。日本の大学発ベンチャーエコシステムにおいてはシード期においてVCの存在が大きい(図2)ことを考慮すると、大学発ベンチャーの成長に寄与するVCの伴走型支援についての分析が求められる。

図1 理論的枠組みと仮説
図1 理論的枠組みと仮説
H1 大学発ベンチャーに関わる研究者の論文の質はVC・エンジェル投資家からの資金提供にプラスの効果がある(仮説1)
H2 大学発ベンチャーのイノベーションの質はVC・エンジェル投資家からの資金提供にプラスの効果がある(仮説2)
H3 VC・エンジェル投資家からの資金提供は大学発ベンチャーの成長にプラスの効果がある(仮説3)
EO 事業機会
図2 事業段階別の資本構成
図2 事業段階別の資本構成
1. 製品・サービス提供開始前(PoC前)
2. 製品・サービス提供開始前(PoC後)
3. 製品・サービス提供開始後(単年度赤字)
4. 製品・サービス提供開始後(単年度黒字かつ累積赤字)
5. 製品・サービス提供開始後(単年度黒字かつ累積赤字解消)
3F 創業者、家族、友人
VC ベンチャーキャピタル
BA エンジェル投資家
BC 事業会社
参考文献
  • 深尾京司(2020) 世界経済史から見た日本の成長と停滞―1868-2018 一橋大学経済研究叢書67