ノンテクニカルサマリー

教師の専攻分野は生徒の理科の学力に影響を与えるか? 生徒・教師固定効果を用いた分野間比較分析

執筆者 井上 敦(NIRA総合研究開発機構)/田中 隆一(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 大規模行政データを活用した教育政策効果のミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「大規模行政データを活用した教育政策効果のミクロ実証分析」プロジェクト

科学リテラシーの向上は、個人の所得、一国の経済成長をも左右するだけに、重要な政策課題である。生徒の科学リテラシーを高める上で、教師は言うまでもなく重要な役割を担うが、教師の質には大きなばらつきがあることが、国内外の研究で報告されている。では、「何が教師の質を決めるのか?」という疑問が浮かぶが、実証分析を行っている先行研究では、様々な結果が得られており、十分なコンセンサスがないのが実情である。そのなかで、研究者が注目してきた教師属性の一つに、教師の「担当科目の専門性」があり、それが児童生徒の学力を向上させることを示唆する結果も、多く報告されている。しかし、教師の担当科目の専門性が、どのようなメカニズムを通じて学力を向上させるかについては、報告がほとんどない。そこで本研究では、教師の専門性として「専攻分野」に注目し、理科教師の専攻分野が中学生の理科の学力に与える効果と、そのメカニズムについて検証する。

教師属性の効果を検証する際に、常に対処しなければならない推定上の問題は、「生徒と教師の組み合わせは、通常、無作為には行われない」という事実である。ある分野を専攻した教師と生徒の学力の間に、正の相関が確認されたとしても、それは教師の専門性の効果ではなく、単に、能力の高い生徒集団に、ある分野を専攻した教師が配置されやすい、という教師配置の傾向を示しているに過ぎない可能性がある。特に、クロスセクション・データ(同一時点のデータ)を用いて、「生徒間」の違いを利用して分析する場合、教師属性の効果を識別することが困難となる場合が多い。そこで本研究では、理科の分野間(物理、化学、生物、地学)の「生徒内」の違いを利用することで、上記の問題に対処し、教師の専攻分野が生徒の学力に与える効果を検証する(詳細はディスカッションペーパーを参照のこと)。分析には、国際的な学力調査である国際数学・理科教育調査(Trends in International Mathematics and Science Study)の、世界中の中学生のデータを用いる。

分析の結果、大学で自然科学を専攻した教師は、専攻分野に対応する理科の分野の生徒の学力を0.05標準偏差(偏差値に換算して0.5)向上させることがわかった(表1)。さらに、その効果を誘導するメカニズムとして、およそ半分は教育実践、特に授業準備の違いが作用していることがわかった(図1)。つまり、自然科学を専攻した教師は、専攻分野に対応する分野の授業準備の質が高くなる等を通じて、生徒の学力を向上させることを示唆する結果が得られた。

表1 教師の専攻分野が学力に及ぼす効果
表1 教師の専攻分野が学力に及ぼす効果
注)データは2003、2007、2011年の国際数学・理科教育調査(TIMSS)。被説明変数は理科の4つの分野(物理、化学、生物、地学)の学力。「指導分野を専攻」は、教師が教えている理科の分野に対応する分野を大学で専攻していると1となるダミー変数。回帰式には、生徒・教員固定効果、分野固定効果が含まれる。各国が同じ重みになるように、重み付けして推定。括弧内の数字は、学級レベルでクラスタリングされた標準誤差。***は1%水準で、統計的に有意であることを示す。
図1 教師の専攻分野効果を説明する要因
図1 教師の専攻分野効果を説明する要因

また教師の専攻分野の効果は、教師や生徒の属性によって異質であるこがわかった。例えば、自然科学の専攻分野数が多い教師で大きく、一方、教職年数や修士号以上の学位を保有しているかどうかでは統計的に意味のある違いはみられなかった。この結果は、中学生の理科の学力を高める上で求められる教師の専門性は学士レベルであること、また広く自然科学分野全般で専門性を有していることが望ましいこと、また、教職経験を積むことで専門性の欠如を補えるわけではないことを示唆する。また女子生徒、数学の能力が高い生徒に対して、教師の専攻分野の効果が大きいことも確認された。

本研究の結果から、理科教師の専攻分野は生徒の学力を向上させることがわかった。政策的には、中学校の理科の指導体制として、物理、化学、生物、地学の各分野について、専門性を有した教師が担当する、分野担当制は一考に値するだろう。また、分野担当制が困難であっても、教育実践、特に授業準備の質を改善することで、生徒の学力向上が期待できる。そのため、教師の養成、採用、研修などの各段階で、理科教師の担当科目の専門性の厚薄を見極め、必要に応じて、教師の専門性を高める支援を講じていくことが重要である。