ノンテクニカルサマリー

アベノミクス登場後における、為替レートによる日本経済への影響の研究

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

2012年末、安倍晋三氏が日本の総理大臣に就任し、アベノミクスと呼ばれる経済計画を公表した。この計画の一つの柱は、日本銀行に対し、インフレ目標を達成するため、無制限に日本円を印刷するよう求めたことである。その後、日本円は米ドルに対して45%値下がりした。この期間における円を取り巻く変化は、日本経済にどのような影響を与えたのか。

2007年半ばから2012年初めまでの期間で、日本円は米ドルに対し、ほぼ50%値上がりした。Sato and Shimizu(2015)は、日本企業が付加価値の低い製品の生産を海外子会社に移転し、差別化した高付加価値の製品のみを日本で生産することで、急騰する円に反応したのかもしれないと指摘した。その後、2012年に始まった円安は、日本企業がこれらの対策を行った後では、それ以前とは違った影響を企業に与えたかもしれない。もし日本企業が2012年以降に高付加価値製品を輸出するならば、企業の価格設定行動は変わっていただろう(Sato and Shimizu, 2015)。これらの差別化製品は、海外でより競争力を持つ可能性があり、また日本企業は円安時において、市場に応じた価格設定(すなわち、外貨建て価格を一定に保つこと)に対し、より優れた能力を発揮してきたのかもしれない。この場合、企業の輸出量よりも利益率のほうが増大するだろう。さらには、円安の場合、委託生産からの還流利益は円建ての場合において価値がより高くなり、これによって日本企業の利益性は増すだろう。

日本企業は外国企業と競争するだけではなく、部品やコンポーネント、一次産品、そして資本財を海外から購入することで外国企業と協力もしている。円安の場合、日本企業はこれらの投入財の購入量を少なくするか、同じ量をより高い価格で購入するか、もしくは品質の劣る輸入投入財を購入するかのいずれかとなり、そのすべてが国内企業にとっては痛手となるだろう。

日本企業が外国企業と競争している場合には、円安により利益は増すはずである。輸入投入財の購入により協力している場合には、円安は利益を下げるだろう。金融理論では、株価は将来のキャッシュフローの期待現在価値と等しいとされているため、為替レートの変動に対する株価の反応は、アベノミクスの登場後、日本企業が協力しているのか競争しているのかによって解明することができる。競争も協力もしている場合には、為替レートに対する株価の反応により、どちらの影響が優勢なのかを示すことができるだろう。

本稿では、2012年以降、為替レートの変動が日本の産業をどう変えたのかを、二つの手法を用いて考察する。第一に、2012年末と2018年末における輸出入関数を推定する。2012年末の推定については、輸出と輸入がどのように反応することが見込まれるかを検証するため説明変数の実在のサンプル外の値を使用し、その後実際の反応と比較する。第二に、2013年より前の期間及び2013年から2018年までの期間について、為替レートに対する各部門の株式市場のエクスポージャーを推定する。

その結果が示すのは、後者の円安期間において、輸送用機器などの主要部門の多くで、財の輸出が予想よりも大幅に少ないということである。その一方で、サービス輸出は円安により上昇した。図1は、日本の輸出に占めるサービスの割合が2012年の14.7%から2019年には22.5%に増加したことを示している。この調査結果はまた、輸送用機器などの主要な製造業において、円安が収益性を高めたことも示す。このことは、生産を海外へ移転するなどの、円の変動に対する日本株式会社の反応が収益性にとっては有効であったことを表している。しかしながら、輸出が予想と比較して大幅に減少したことは、円安が日本の製造業生産高や雇用を減らすという影響をもたらしたことを示している。

図1.日本の輸出総額に占めるサービス輸出の割合
図1.日本の輸出総額に占めるサービス輸出の割合
出典:https://atlas.cid.harvard.edu/、および筆者による計算。
参考文献
  • Sato, K., and Shimizu, J. (2015). Abenomics, Yen Depreciation, Trade Deficit, and Export Competitiveness (RIETI Discussion Paper Series 15-E-020), Tokyo: Research Institute of Economy, Trade and Industry.