ノンテクニカルサマリー

中学の強制的な部活動がスキルとアウトカムに与える影響

執筆者 安井 健悟 (青山学院大学)/佐野 晋平 (神戸大学)/久米 功一 (東洋大学)/鶴 光太郎 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト AI時代の雇用・教育改革
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「AI時代の雇用・教育改革」プロジェクト

学校教育における部活動は、他の教育活動と同様に消費としての側面と人的資本への投資としての側面がある。投資の側面に注目すると、例えば運動部の活動は生徒の運動能力や健康状態を高めるだけではなく、ソーシャルスキルや勤勉性などの非認知能力を高める機会になるかもしれない。また、その結果として学力、教育水準、そして成人後の賃金や昇進などの労働市場での成果を高める可能性もあろう。その一方で、部活動にエネルギーや時間、また金銭的な費用を投入するということは、それらの資源を勉強に投入できなくなるのかもしれず、教育水準や成人後の労働市場の成果を引き下げることも考えられる。また、部活動の影響はあるスキルやアウトカムは高めるが、他のスキルやアウトカムを引き下げるなどすべてのスキルやアウトカムに同じ影響を与えるとは限らないことも予想される。

しかしながら、部活動の影響を計測することは他の教育活動と同様に困難を伴う。なぜなら、部活動を行う生徒の現在と将来のスキル・アウトカムが部活動を行わない生徒のそれらよりも高かったとしても、部活動が現在と将来のスキル・アウトカムを高めているとは言えないからである。そもそも、観察されないスキルが高い生徒が部活動に参加しているという内生性の問題があるからだ。例えば、仮に外向性といった非認知スキルが高い生徒がそうでない生徒よりも部活動に参加する傾向があるとすると、部活参加者の将来のアウトカムがより高いという結果が得られたとしても、それは部活動に参加したことで得られた効果ではなく、その生徒にもともと備わっていた外向性が影響しているという問題である。

そこで、本論文では、在学していた公立中学における部活動の強制性を操作変数として用いることにより、部活動がさまざまなスキル・アウトカムに与える短期・長期の因果的な影響を推定する。この操作変数を用いて推定されるものは、部活動への参加が完全に任意の場合には部活動に参加しないけれども、参加を強制する学校に在学した場合には部活動に参加する生徒という遵守者(compliers)にとっての強制された部活動参加の影響である。

分析に用いたデータは、RIETIの『全世代的な教育・訓練と認知・非認知能力に関するインターネット調査』による個票データである。部活動が影響を与える対象の変数としては、短期的な影響を分析するための中学・高校におけるアウトカムの5変数(中3の学力、高校のレベル、高校でのリーダー経験ダミー 、高校での遅刻・欠席の少なさ、15歳時点の肥満ダミー)と、長期的な影響を分析するための認知スキル・非認知スキルの8変数(外向性、協調性、勤勉性、情緒安定性、経験への開放性、自尊感情、統制の所在、認知的熟慮性)と教育・労働市場・健康のアウトカムの8変数(教育年数、大卒以上ダミー、難関大学進学ダミー、フルタイム雇用ダミー、対数賃金、課長以上への昇進ダミー、現在の肥満ダミー、現在の主観的な健康度)を用いる。

表1が示すように、短期・長期のスキル・アウトカムについての21種類の被説明変数と部活動参加との関係をOLSで確認すると、その多くで統計的に有意な偏相関が確認される。OLSで部活動参加と有意な関係を持たないのは、勤勉性、経験への開放性、認知的熟慮性(認知能力)、難関大学への進学確率のみである。つまり、部活動をしている生徒はしていない生徒よりも、中学・高校でのアウトカムが高く、さまざまな非認知スキルが高く、長期の教育・労働市場・健康についてのアウトカムが高い。しかしながら、操作変数を用いて部活動の因果的な影響を推定すると、そのほとんどにおいて因果的な影響はないことが確認された。統計的に有意な正の影響があったのは中3の学力、高校での欠席の少なさ、現在の協調性の3変数のみであり、有意に負の影響があったのは現在の外向性と賃金である。

表1.部活動参加がスキル・アウトカムに与える短期・長期の影響の推定結果
表1.部活動参加がスキル・アウトカムに与える短期・長期の影響の推定結果
注:括弧の中は不均一分散に頑健な標準誤差である。***、**、*はそれぞれ1、5、10%で統計的に有意であることを示す。OLSの説明変数であり、IVの1段階目と2段階目の説明変数でもある年齢、年齢2乗、父大卒、母大卒、SES、ln生徒一人あたり教育費、生徒教師比率、中3時点の居住都道府県ダミーの係数は割愛している。

これらのことから、短期的な影響として中3の学力を引き上げ、高校での欠席・遅刻を少なくしていても、長期的な教育・労働市場のアウトカムには結びついていないことが確認された。長期的には、部活動参加は教育・労働市場・健康についてのほとんどのアウトカムに対して良い影響を与えておらず、協調性は高めるものの、外向性と賃金を低くしている。

長期的な負の影響が確認されたことから、部活動に参加しないという生徒の合理的な意思決定に学校が介入して参加させると、生徒個人にとっての資源配分が非効率になったとも解釈できる。また、生徒にとってだけではなく、部活動の費用を負担する教員、学校や政府にとっても望ましくない影響だと考えられる。

日本の学校教育の現場では、所定労働時間外に教員本人の希望とは反するかたちで部活動の指導という業務に多くの教員が従事しているという問題がしばしば指摘されている。その結果、授業準備などの本来の業務に十分な時間が割けなかったり、長時間労働が強いられたりするという実態がある。部活動にどのような価値があるかを知ることは教員の資源配分の問題にとっても重要な情報になると考えられ、本論文の分析結果は部活動への参加方針を考える際の材料になると言えるだろう。