ノンテクニカルサマリー

変貌する日本の雇用システムの下での組織市民行動の再評価-所属型・挑戦型組織市民行動の規定要因の実証分析

執筆者 久米 功一 (東洋大学)/鶴 光太郎 (ファカルティフェロー)/佐野 晋平 (神戸大学)/安井 健悟 (青山学院大学)
研究プロジェクト AI時代の雇用・教育改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「AI時代の雇用・教育改革」プロジェクト

困っている同僚がいれば、役割や報酬にかかわらず手助けをする―― 従業員が任意かつ非公式に行い、正式な給与として補償されないものの、それによって組織の効果的機能を促進する行動を組織市民行動(OCB, organizational citizenship behavior)という。

日本企業は、メンバーシップ型の無限定正社員システムを主としており、職務が必ずしも限定されてこなかった。さらに職場で時間と経験を共有し、組織との一体感を高めるという働き方の特徴が、OCBを促して従業員や組織間の調整を容易にし、製造業の国際的競争力向上に寄与したと考えられている。事実、OCBは、1980年代の日本企業の強みの1つとしてOCBがあることに着目した米国の研究者によって主に分析されてきた。

しかし今日の日本においては、無限定な働き方はさまざまな雇用・労働問題の要因にもなり、職務などを限定したジョブ型正社員の普及が逆に大きな課題となっている。また、働き方改革が進展して、長時間労働が是正される中で、職場におけるOCBの維持・促進は日本企業の課題となっている。

雇用システムの転換期において、日本企業のOCBの実態はどうなっているのだろうか。本研究では、経済産業研究所が2019年に実施した「全世代的な教育・訓練と認知・非認知能力に関するインターネット調査」の個票データを用いて、雇用者約4千人に限定した分析を行った。具体的には、OCBを2つの異なるタイプに分けた分析を試みた。1つは、他の従業員を支援するような「所属志向型OCB」であり、「評価されなくても組織のためになる行動をする」か否かを問うた。もう1つは、組織のためにあえて内部告発を行うような「挑戦志向型OCB」であり、「不正を見つけた場合は、会社(上司や通報機関)に報告する」を代理変数としている。

これらのOCB変数の規定要因として、①個人属性や性格特性、②日本型雇用システム、③良好な対組織・対人関係としての人材育成、職務特性、ウェルビーイングを取り上げた。推定結果は表の通りである。

表.2つの組織市民行動の規定要因(推定結果の一部を抜粋)
表.2つの組織市民行動の規定要因(推定結果の一部を抜粋)
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個人属性や性格特性について、女性は男性よりも2つのOCBが有意に高く、勤続年数が長いほどOCBに負であった。部長級ダミーは2つのOCBに対して正である。勤続期間にかかわらず、高い役割期待を認識させることが、役割を越えた行動を誘発するといえる。

性格特性については、協調性が2つのOCBに対して正であった。協調性とは、思いやりや献身であり、困っている同僚の手助けだけでなく、上司の不正に苦しむ同僚を看過できないといった面もあるだろう。グリットや統制の所在といった、人生を自身が自律的にコントロールする資質は、職務を超えた行動に関係する。正の互恵性がOCBに正に働くことは、OCBには、良き会社が良き従業員をつくるという相互応報的な関係があることを示唆している。

日本型雇用システムとOCBの関係については、長期雇用や内部昇進、企業別組合は、2つのOCBと正の相関をもっていた。従来の日本型雇用システムがOCBと親和的な関係にあるといえる。また、年功・長期勤続重視(勤続年数を重んじて昇進させる)、長期的視点による教育訓練投資(教育投資の10年以上の回収)は、挑戦志向型OCBに対して有意に負である。人材を育成しつつ、健全な流動性をもつ組織にすることが会社にものをいう社員を育成するために重要である。

所属組織や他の従業員との良好な関係性がOCBを促していた。職場内で助け合う雰囲気、上司や同僚などと相談しやすい雰囲気は、所属志向型OCBと挑戦志向型OCBの両方に正の相関をもち、仕事のやり方を見せたり、実践したりといった仕事上の指導や助言・相談がOCBを誘発すると推察される。

職務特性では、技能多様性とタスク完結性が両方のOCBに対して有意に正であった。さまざまな仕事を通して、他の従業員とのインタラクションも豊富に経験したり、より組織全体の立場、視点で仕事したりすることで、より組織全体へ目が向くといえる。

最後に、ウェルビーイングに関しては、「正当な評価を得ていた」ことは、2つのOCBに対して有意に正に働いていた。また、ワーク・エンゲイジメントのうち、仕事に対する熱意はいずれのOCBに対しても正であるが、活力や没頭は、挑戦志向型OCBに対して負であった。職場の不正を糾すような行動をとるためには、職務に対する活力や没頭の一部を割くだけの余裕が必要なのだろう。