ノンテクニカルサマリー

健康経営銘柄と健康経営施策の効果分析

執筆者 山本 勲 (慶應義塾大学)/福田 皓 (慶應義塾大学)/永田 智久 (産業医科大学)/黒田 祥子 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 働き方改革と健康経営に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「働き方改革と健康経営に関する研究」プロジェクト

本稿は、健康経営銘柄の効果測定と、企業の健康経営施策が従業員の健康状態の改善を通じて企業業績の向上につながるか、という2つの視点から健康経営に関する分析を行った。第一の分析は、経済産業省・厚生労働省・東京証券取引所による日本の健康経営銘柄の効果測定であり、健康経営銘柄に選ばれた上場企業の企業価値が、その後、同業他社と比べて高まるかを合成コントロール法(Synthetic control method、以下SCM)という政策評価手法によって検証した。図は、SCMによる識別戦略を用いて、健康経営銘柄の選定が企業価値に与える影響を表した結果のうち、プラスの影響の出ている業種をピックアップしたものである。

図をみると、健康経営銘柄に選定される前は実際の選定企業の企業価値(以下、Actual)と非選定企業から作られた合成の企業価値(以下、Synthetic)は概ね近い水準で推移している一方で、選定後は企業価値がSyntheticよりもActualで明確に上昇していることが確認できる。また、SCMによって生成されたSyntheticとActualの企業価値を用いてDD(差の差)分析を業種別に実施したところ、ActualとSyntheticの明確な違いが確認でき、選定企業を中心に、選定後に企業価値が統計的に有意に上昇していることもわかった。具体的には、2014年度については食料品、繊維製品、化学、ゴム製品、ガラス・土石製品、精密機器、情報・通信業、2015・2016年度については医薬品、その他金融業、不動産業、建設業、機械、2017・2018年度については機械、小売業といった業種でプラスの効果が推計された。

さらに、全業種をプールしたうえで、健康経営銘柄の選定が企業価値に与える平均処置効果をDD分析で確認した。その結果、2014年度に限られるが、選定企業は企業価値を平均的に有意に高めていた。また、選定後5年経っても企業価値が有意に高くなっており、表彰の効果が持続することも明らかになった。2014年度は健康経営銘柄の表彰がスタートした時点であるため、市場へ与える影響も大きく、また、2014年以前から先駆的に健康経営に取り組んできた企業を市場が高く評価している可能性が示唆される。一方で、2015年度以降の新規選定に関しては、健康経営の取り組みを始めたとしても、市場からの評価が得られるには時間を要するとも解釈できる。

第二の分析は、「健康経営度調査」の個票データを用いた健康経営施策の効果測定であり、健康経営施策の実施によって従業員の健康状態や企業業績が高まるかを、パネルデータを用いて固定効果モデルの推計により検証した。推計結果のうち、注目する変数の係数符合条件と有意性をまとめると表のようになる。表をみると、健康経営は経営理念を掲げて施策を開始した企業で利益率にプラスの影響をもたらすこと、また、そのパスとして、まず受診行動が変わることで各種健康診断の受診率(検査スコア)が上昇し、次に、問診結果で把握できる適正体重維持者率や十分な睡眠者率などの健康状態(問診結果スコア)に現れるような健康そのものが改善すること、さらに、問診結果スコアの改善によって利益率が高まることが把握できる。この傾向は上場企業で顕著であるが、従業員の年齢でみると、平均年齢が40歳以上の企業ほど顕著であることもわかる。

従業員の健康保持・増進に関する理念の明文化やその浸透などの経営理念関連の施策は、企業業績向上に有効であるほか、個々の従業員の健康診断などの受診行動を積極化すること、さらに、適正体重者率や十分な睡眠者率などの問診結果スコアも、時間差で改善する傾向があることは特筆に値する。健康経営の実施後に、まずは従業員の健康意識が高まって受診行動の変容がみられるか、その次に実際の健康状態が改善するか、といったステップを追って効果を顕現化すると考えられる。

このほか、ワークライフバランスに関連する各種の取り組み(WLB施策)が非上場企業のみで利益率にプラスの影響を与えることも興味深く、相対的に非上場企業ではWLB施策が普及していないため、効果に差が出やすいと解釈できる。つまり、非上場企業では経営理念関連施策だけでなく、WLB施策も業績向上には有効といえる。

さらに、健康アウトカムについては、健診の受診率を高めるだけでは不十分であるが、問診結果のスコアを高めるような健康状態の改善が生じれば、上場企業を中心に、企業業績である利益率の上昇にまでつながることも特筆に値しよう。健康状態の悪化は、アブセンティイズムやプレゼンティイズムで測った人件費換算の労働損失だけでなく、利益率という企業経営で注目される客観的な財務指標を統計的に有意に悪化させる可能性が示唆される結果となったといえる。

以上、第一の分析である健康経営銘柄の効果測定の結果は、企業の健康経営は市場に好意的に受け止められることを示しており、その背景として、市場が健康経営を行っている企業では企業業績が増加するとの期待があると考えられる。その傍証として、第二の分析である健康経営施策の効果分析では、実際に健康経営を経営理念に掲げて施策を行うと、従業員の健康改善を通じて企業業績にプラスの効果をもたらす可能性があるとの結果が得られた。これらの分析で得られた結果は、高齢化や人口減少が進む日本において、企業が積極的に個人の健康に介入することにより、生産性を上げていくことにつながる可能性を示唆しうる。

図 健康経営銘柄表彰が企業価値に与える影響(結果抜粋)
図 健康経営銘柄表彰が企業価値に与える影響(結果抜粋)
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(備考)
1. 上図の各パネルは業種別の、健康経営銘柄の選定企業(Actual)と非選定企業から作られた合成(Synthetic)の企業価値の推移をそれぞれ実線と点線で示している。
2. 各パネルの赤い垂直線は健康経営銘柄の選定年度を示している。
表 健康経営施策の効果についての推計結果のまとめ
表 健康経営施策の効果についての推計結果のまとめ
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(備考)
1. 統計的に有意にプラスの係数は「+」、マイナスの係数は「−」、有意でない係数は空欄にしてある。また、有意な係数がラグ項のみのケースは「(ラグ)」と示している。
2. 健康経営施策のうち、「経営理念」は健康経営に関する経営理念と従業員の理解促進の各種の取り組み、「データ把握」は従業員の健康状態のデータの把握に関する各種の取り組み、「WLB施策」はワークライフバランスに関する各種の取り組みについて、それぞれの主成分分析によって第一主成分を抽出したものである。
3. 健康アウトカムのうち、検査スコアは各種健康診断の受診率、問診結果スコアは問診結果で把握できる適正体重維持者率や十分な睡眠者率などの健康状態について、それぞれの主成分分析によって第一主成分を抽出したものである。