ノンテクニカルサマリー

機関投資家によるエンゲージメントの動機および効果

執筆者 日高 航 (東京工業大学)/池田 直史 (日本大学)/井上 光太郎 (東京工業大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト

日本の上場企業の株式保有構造は大きく変化している。1990年頃までは銀行と保険、事業法人で全体の約7割を保有していたが、2000年前後には銀行と保険、事業法人、外国人投資家、国内機関投資家、個人がそれぞれ約20%を保有し、現在は外国人投資家と国内機関投資家で全体の50%超を保有するに至っている。さらに外国人投資家と国内機関投資家におけるパッシブ運用(インデックス運用)の投資家の比率は上昇している。例えば最大のアセットオーナーのGPIFの株式運用の9割はパッシブ運用である。このような幅広い分散投資を行う機関投資家が、日本の上場企業の主要株主になる中で、機関投資家が日本企業の経営に対するモニタリングの役割を果たしているか、それは実効性を持っているかは曖昧な状態である。

本研究は、大手機関投資家3社の2017年から2019年の投資先企業の経営陣との直接の対話活動、すなわちエンゲージメント活動を分析している。これらの活動は開示対象でないため、外部からは観察できない。筆者は、大手機関投資家3社からこの非公開のエンゲージメント活動(Private Engagement)のデータの提供を受け、これを分析している。分析対象となったエンゲージメントはのべ1,434社に対する3,153回のエンゲージメント活動である。

分析の結果、機関投資家の持株比率が高い投資先企業や、機関投資家のパッシブ運用分のモニタリング・インセンティブの代理指標である時価総額が高い投資先企業に対してエンゲージメント活動を行っている結果が得られた。これらは機関投資家にとってエンゲージメントはコストがかかるため、十分な経済的動機が存在しないとエンゲージメント活動は行われないことを示す。この結果は、アセットマネージャーの幅広い企業に対するエンゲージメントをアセットオーナーが促進したい場合、アセットマネージャーがエンゲージメントに投入するコストに見合うインセンティブを付与することが重要であることを示す。

さらに現金保有比率が高く、買収防衛策を導入しているなどガバナンス上の問題のある企業がエンゲージメントの対象になっている、また、事前の株価パフォーマンスが悪い企業、株価水準の低い企業、ROE水準に低い企業など投資家の視点で財務パフォーマンス上問題がある企業に対してエンゲージメントが行われる傾向を確認できた。

エンゲージメント活動後の対象企業におけるガバナンス体制に関しては、社外独立取締役比率の上昇、政策保有株比率の縮減、買収防衛策の廃止、役員持株比率の上昇、現金保有比率の低下などの効果が見られ、またエンゲージメント後にROEおよびTobin's Qの改善効果を確認した。エンゲージメントの対象先企業は各機関投資家の保有比率の高い企業であることから、エンゲージメントは各機関投資家のエンゲージメントを行うコストを考慮しても経済合理性のある行動であることが示唆された。

本研究の結果は、大手機関投資家によるエンゲージメント活動が、経済合理性に則った適切なターゲットに対して実施され、実効性を持っていることを示す。日本における2017年のスチュワードシップ・コードの改訂などのエンゲージメント活性化に向けた環境整備が、機関投資家のフリーライドのコストを引き上げ、積極的なエンゲージメントを開始させ、結果としてアセットオーナー、アセットマネージャー、そして対象企業がエンゲージメントのベネフィットを享受するに至っていると評価できる。今後の課題は、機関投資家のモニタリング活動へのインセンティブを理解した上で、さらに幅広い上場企業に対して実効性のあるモニタリングを動機付けするための経済合理性を担保する制度設計である。

図:機関投資家によるエンゲージメント活動の対象企業の選択と効果(まとめ)
図:機関投資家によるエンゲージメント活動の対象企業の選択と効果(まとめ)