ノンテクニカルサマリー

いわゆる「ターゲットダンピング」について~WTO協定解釈の到達点と限界~

執筆者 宮岡 邦生 (森・濱田松本法律事務所)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)」プロジェクト

WTO協定の下では、ある国(輸出国)から別の国(輸入国)に対し、特定の産品が不当に廉価で輸出されている場合、輸入国の政府は、所定の調査を行った上で、当該産品の輸入に対しアンチダンピング(AD)関税を課税して対抗することができるとされている。

AD調査において、不当廉売(ダンピング)の有無及び程度は、原則として、輸出者毎に、調査対象期間内における輸入国全体(すなわち、輸入国内の全ての顧客及び地域)に対する輸出価格が、「正常価額」(通常、輸出国における同一産品の国内向け販売価格)を下回るかどうかにより判断される。しかしながら、輸出者が、輸入国における特定の顧客又は地域、あるいは調査期間内の特定の時期に狙いを絞って安値輸出を行うという「ターゲットダンピング」の事案においては、上記の原則的なダンピング認定の手法ではダンピング認定ができず、輸入国においてAD関税の賦課による国内産業の救済が図れない場合がある。

図表:特定地域に対するターゲットダンピングの概念図
図表:特定地域に対するターゲットダンピングの概念図

WTO AD協定第2.4.2条第2文は、このような「ターゲットダンピング」に対処するための規定とされている。しかし、ウルグアイラウンド当時の交渉国の立場の違いの影響から、規定文言が曖昧かつ難解なものとなったため、その解釈をめぐっては、例えば、①一定の要件が満たされた場合には、輸出者が行った個別取引のうち正常価額を下回る取引のみを考慮してダンピング認定を行うという、いわゆる「ゼロイング」と呼ばれる手法の使用を許容したものであるとの解釈論や、②狙い撃ちされた特定の顧客、地域又は時期に焦点を絞ってダンピング認定をすることができるとの解釈論など、様々な立場が対立してきた。WTO上級委員会は、2016年のUS – Washing Machines事件で②の立場を採ることを明らかにし、米国による韓国産大型洗濯機に対するAD調査におけるゼロイングの使用は、第2.4.2条第2文に違反すると判断した。しかし、その後も米国はゼロイングの実務を続けており、また、後続のパネルでも、①の立場からゼロイングを認めたものが現れている。

以上の通り、本論考は、AD協定第2.4.2条第2文を巡る一連の対立を整理するとともに、当該規定を巡る混乱は、そもそもWTO協定締結に向けたウルグアイラウンド当時の交渉国の対立と、これに起因する協定文言の曖昧さに起因することを明らかにした。

また、本論考における検討を通じて、上級委員会やパネルによるAD協定第2.4.2条第2文の解釈の精緻化は、国際協定解釈の到達点を示すものであると同時に、国際機関の紛争解決部門が、加盟国が明示的に合意していない事項について協定解釈を通じた事実上のルール形成を行うことにより、「立法者」である加盟国からの反発など混乱を招き、却って国際法における「法の支配」の不安定化をもたらし得ることも示唆された。