ノンテクニカルサマリー

バブル期の土地取引とキャピタル・ゲイン/ロスの帰着

執筆者 宇南山 卓 (ファカルティフェロー)/吉川 洋 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人口減少社会における経済成長・景気変動
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人口減少社会における経済成長・景気変動」プロジェクト

バブル崩壊は、高度成長の終焉と並び、誇張なく戦後日本経済の一大転機であった。バブルについては、さまざまな角度からの研究が存在するが、その全貌はいまだ明らかでない点も多く、時の経過とともに次第に忘却されつつある。本論文は、土地に焦点を当てて、バブル期に誰がどのような土地を売買していたのかを明らかにし、その帰結について考察した。

1986年末に1327兆円であった日本の地価総額は、1990年末には2452兆円まで上昇したが、その後2003年までに発生以前とほぼ同水準である1300兆円へ下落した。すなわち、一国全体で見れば、キャンセルアウトされるようなイベントだったのである。しかし、下の図で示すように、制度部門別に見ると、バブル経済は大きな所得移転をもたらしていた。

地価が急上昇した1986年から1991年までで、家計は累積92兆円の土地を純売却、逆に企業部門は71兆円の純購入をしている。こうした土地取引の結果、高値で土地を売却した家計には巨大なキャピタル・ゲインが発生し、購入した企業には地価暴落による多額のキャピタル・ロスが発生した。

この所得移転の大きさを評価するために、本論文では「土地取引で得たキャピタル・ゲイン」を計測した。その方法は、制度部門ごとに1986年から2003年の期間に発生した土地評価損益を累積するものであり、概念的には1986年以降に一切の土地取引をしなかった場合と比べた損益を計算したものになる。この計算にとれば、バブル前後を通じて、家計部門は通算169兆円のキャピタル・ゲインを、企業部門は105兆円のキャピタル・ロスを記録していた。本論文では、さらに。このキャピタルゲイン・ロスの帰着について考察した。そのために、バブル期の家計と企業の間での土地取引を、2つの類型に分類した。

その第1の類型が、バブル初期における、オフィス街の(再)開発のための東京都区部における土地取引である。東京の都心・副都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)では個人の土地所有者数が顕著に減少しており、家計から企業に土地が移動したことが示唆される。減少した個人の土地保有者数は、1986年から1992年までの5区合計で10,434人となっており、これがバブル期に東京で土地を高額で「売り抜けた」人と見なすことができる。こうした東京都心での取引で家計が得たキャピタル・ゲインは概算で102兆円と考えられ、1人当たりで100億もの水準になっている可能性がある。一方で、バブルの初期に東京都心部で土地を取得したのは、資本金が10億円以下の非上場の中規模クラスの不動産業であった。これは、貸ビル業、貸事務所業などに分類される企業に相当する。こうした企業はバブル崩壊によって大きなキャピタルロスに直面することになる。

バブル期の土地取引の第2の類型は、3大都市圏以外の地方部における「山林」の取引である。これは、土地利用転換によって「ゴルフ場・レジャー施設」を建設するものである。山林の売却をしたのは77万人程度であり、合計67兆円のキャピタル・ゲインが発生しと考えられる。これは、1人当たり約8800万円に相当する。一方で、山林を購入していたのは、バブル期前期では未上場のサービス企業が多く、その実態はゴルフ場の開発であったと考えられる。しかし、バブル期後期になると、資本金規模も大きな上場企業、業種でみると「その他の製造業」に該当するような企業も三輪を取得するようになっている。つまり、バブル期後期のリゾート開発では、もともとはレジャー施設を運営しているわけではないような大企業が参入してきていたのである。

こうした活発な土地取引の背景には、日本経済の将来に関する楽天的な期待があった。東京での土地取引は、東京がロンドン・ニューヨークと並び世界の金融センターになることが見込まれるなか、オフィスビルが圧倒的に不足するとの期待が醸成された結果である。また、「日本人は働きすぎ」であり、これからはもっと「ゆとり」をもった生活を送る必要がある、そのために「余暇」を楽しまなければならない、というのが山林でのリゾート開発の動機となっている。

東京のオフィスビル建設にせよ、リゾート開発にせよ、購入した企業は当初の期待とは裏腹に巨額の損失を被ることになった。企業による土地購入は、銀行・ノンバンクなど金融機関の貸し出しによってファイナンスされており、投資プロジェクトに関する期待が裏切られ返済が滞ったことが、金融機関にとっては不良債権となった。つまり、土地の企業部門への移転とそれに伴うキャピタル・ロスは、文字どおり「失われた10年」の根本的な原因となった。

一方で、その裏側でのキャピタル・ゲインは、全世帯の1%強の世帯に集中して発生した。このように限られた数の家計に生じた異常なキャピタル・ゲインは、日本経済を牽引する需要を生み出すことはなかった一方で、今日大きな問題となっている「格差」の源泉となった、土地の売却は資産の移転にすぎない。東京都心のオフィスビルにせよ、地方のリゾート開発にせよ、企業の期待はいずれも大きく裏切られ、日本経済はその後遺症に長く苦しむことになった。にもかかわらず、この時代に80万世帯の「長者」が生まれたのである。 こうしたバブルによって生じた所得移転の結果は、資産インフレのもたらす問題として、現代的な意味を持つ。

図