ノンテクニカルサマリー

サービス産業における労働生産性上昇の源泉:JIPデータベースを用いた産業レベルの実証分析、1955-2015年

執筆者 深尾 京司 (ファカルティフェロー)/牧野 達治 (リサーチアシスタント)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

1990年代以降の日本では、労働生産性が長期にわたって停滞し、これが主因となって人々の平均実質所得・賃金率はほとんど上昇しなかった。日本の経済成長が先進国の中で指折り堅調であった高度成長期(1955-70年)や安定成長期(1970-90年)と比較して、長期停滞期(1990-2015年)に労働生産性が停滞したのは何故なのだろうか、どの産業に原因があったのだろうか。

今回われわれは、1955-1970年をカバーする24産業別の「高度成長期日本産業生産性(JIP)データベース(仮称)」を作成し、これを1970年以降に関する既存のJIPデータベースと接続することにより、この問題について分析した。

分析にあたっては、どの産業が経済全体の物的資本や人的資本の蓄積を主導したか、どのような形で労働の産業間再配分が起きたのか、どの産業の全要素生産性(TFP)上昇がマクロ経済のTFP上昇を牽引したのかなど、産業別・期間別に、労働生産性を上昇させた原因にまで遡って詳しく調べた。

表1は、われわれのデータを用いて1955-2015年について成長会計分析で経済全体の労働生産性の要因分解を行った結果である。他の要因を一定として、労働時間の増加は、労働時間あたりの資本装備率を低下させ、労働生産性を引き下げるため、マイナスの寄与として計算されている。

表1.マクロ経済(住宅を含む)における労働生産性上昇の源泉(年率平均)
表1.マクロ経済(住宅を含む)における労働生産性上昇の源泉(年率平均)

期間別に一番目と二番目に大きい労働生産性上昇の源泉を見ると、高度成長期には①TFP、②資本蓄積、安定成長期には①資本蓄積、②TFP、長期停滞期には①資本蓄積、②労働の質上昇、が最も重要であった。

次に、どの産業が資本蓄積とTFP上昇を主導したのかを見よう。

図1は、産業別の資本サービス投入量増加率を棒グラフ(左軸)で、マクロ経済全体の資本サービス投入増加への各産業の寄与の割合を折れ線グラフ(右軸)で示している。

極めて旺盛な資本蓄積が行われた高度成長期には、建設、輸送機械、電機、サービス業などで、資本サービス投入の増加率が特に高かった。一方、マクロ経済の資本サービス投入増加に占める各産業のシェアを見ると、石油コンビナートや金属など重化学工業が拡大したその他製造業、運輸・通信、サービス業、住宅、農林水産・鉱業などで特に大きかった。製造業のシェアは33%に過ぎず、高度成長期の資本蓄積の5割以上は、第三次産業(農林水産、鉱工業、建設業以外の産業)で起きた。

その後、日本の資本蓄積は安定成長期、長期停滞期と次第に減速してきた。資本サービス投入増加率を産業間で比較すると、高度成長期と異なり、サービス業、不動産業(バブル経済が崩壊する前にあたる安定成長期のみ)、金融・保険業(長期停滞期のみ)など第三次産業の資本サービス投入増加率が、製造業や建設業を上回るようになった。また、マクロ経済の資本サービス投入増加に占める各産業のシェアが特に大きかった産業を見ても、安定成長期にはサービス業、運輸・通信業、卸売・小売業だけでマクロ経済の資本サービス増加の45%。長期停滞期には、サービス業、運輸・通信業だけでマクロ経済の資本サービス増加の50%が行われた一方、マクロ経済の資本サービス投入増加に占める第一次・第二次産業(農林水産、鉱工業、建設業)のシェアは、安定成長期で17%、長期停滞期で18%と、第三次産業と比較して格段に小さくなった。1970年以降、日本の資本蓄積を考える上で、第三次産業の重要性が著しく高まったといえよう。

図2は、産業別のTFP上昇率を棒グラフ(左軸)で、マクロ経済全体のTFP上昇への各産業の寄与の割合を折れ線グラフ(右軸)で示している。

産業別のTFP上昇が特に高かったのは、高度成長期には電気機械、輸送用機械、卸売・小売、安定成長期には電気機械、金融・保険業、輸送用機械、長期停滞期には電気機械、卸売・小売、運輸・通信業であった。マクロ経済のTFP上昇への各産業の寄与は、各産業におけるTFP上昇にGDPに占める当該産業の付加価値シェアを掛けることで得られる。この指標で見ると、高度成長期および安定成長期には、その他製造業と卸売・小売業の寄与が特に大きかった。また長期停滞期には、電気機械と卸売・小売業が日本のTFP上昇の大部分を生み出した。

高度成長期以来、資本蓄積、TFP上昇いずれで見ても第三次産業が重要な役割を果たし、その重要度は近年更に高まったことが分かる。資本蓄積の場合はサービス業(対家計・対事業所サービス)が、TFP上昇の場合は卸売・小売業の寄与が特に大きかった。

図1.どの産業が資本サービス投入増加を主導したか:1955-2015年
図1.どの産業が資本サービス投入増加を主導したか:1955-2015年
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図2.TFP上昇をどの産業が主導したか:1955-2015年
図2.TFP上昇をどの産業が主導したか:1955-2015年
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