ノンテクニカルサマリー

電子商取引と企業パフォーマンス、経済のダイナミズム:『経済センサス-活動調査』調査票情報による実証分析

執筆者 金 榮愨 (専修大学)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)/深尾 京司 (ファカルティフェロー)/池内 健太 (研究員(政策エコノミスト))
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

昨今のCovid-19によって外出が制限される中、オンラインショッピングが急激な勢いで伸びており、伝統的な小売や卸売りは脅威に直面していると指摘する声が多い。1990年代半ば、インターネットの商業利用が認められてから、インターネットを通じた取引は年々活発になってきており、その影響は一部の産業に限られず、経済全体を大きく変えつつある。電子商取引は企業に大きなビジネスチャンスを与えるが、同時に競争の激化ももたらす。消費者の便益は増えるが、労働者の雇用への悪影響を心配する声もある。大規模な電子商取引企業の急成長が経済の健全なダイナミズムを阻害する可能性は欧米を中心に指摘されている一方、日本ではいまだに一般企業による電子商取引の導入が進んでいない現実もある。

図:電子商取引の導入比率(導入企業数/全体企業数)
図:電子商取引の導入比率(導入企業数/全体企業数)
注:平成24年及び28年『経済センサス活動調査』より著者作成。企業データの単純集計であるため、公表された結果と異なる可能性がある。

電子商取引が企業や経済にもたらす影響に関する経済学的分析の必要性は高いが、データなどの制約によって、その分析が十分とはいえない。特に日本経済や日本企業に関する研究は非常に少ない。電子商取引は日本企業のパフォーマンスにどのような影響を与え、雇用と賃金にはどのような影響を与えるか。電子商取引が産業や経済構造に与えるネガティブな影響は日本経済にも当てはまるか。本研究はこれらの問いに答えるために、『経済センサス-活動調査』を用いて、電子商取引と企業のパフォーマンスの関係を分析している。

本研究の分析の結果、電子商取引を導入する企業は生産性が高く、全要素生産性(TFP)の上昇率も有意に高い。しかし、生産性への正の効果をもたらすのはB2Cではなく、主にB2Bである。また、電子商取引の導入は生産性を高めるのと同時に、自社の雇用を増やし、賃金を押し上げる。同産業や同産業・県の電子商取引導入率が高まっても雇用の減少は確認されず、地域・産業の電子商取引導入率が高いほど、賃金はむしろ高くなることが確認された。

一方、企業が属する産業や所在県での電子商取引導入率が高い場合、企業の退出確率は高まる。これは、電子商取引が競争の激化をもたらし、産業全体の生産性を押し上げるが、同時に生産性の低い企業の退出の確率を高めるためであると考えられる。また、欧米で観察されるように電子商取引導入率が高いほど、市場集中度(HHI)が高いことも確認された。

電子商取引と最も密接に関係する商業(小売業と卸売業)に限った分析からは、電子商取引が生産性を高める効果が売上規模に大きく左右されることも分かった。売上高の大きい企業の電子商取引からのメリットは大きい反面、中小規模以下の企業のメリットは少なく、費用増のために生産性を低下させる可能性もある。卸売業では中央値規模の企業も電子商取引のメリットを享受できず、小売業では中央値規模の企業でB2Bのメリットとデメリットが相殺する程度である。これは商業、特に卸売業での電子商取引の導入率が2011-2015年でなぜ伸びず、むしろ低下したかを一部説明してくれる。電子商取引の規模の経済のメリットが十分に享受できない小規模企業への技術・政策的な支援は、現在進めているデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進のためにも重要であると考えられる。