ノンテクニカルサマリー

アベノミクス下のビジネス・ダイナミズムと生産性上昇:『経済センサス-活動調査』調査票情報による分析

執筆者 深尾 京司 (ファカルティフェロー)/金 榮愨 (専修大学)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)/池内 健太 (研究員(政策エコノミスト))
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

日本経済の生産性は、アベノミクス(2012-20年)による円安を背景に、2011年以降、2020年の新型コロナウイルス感染症の蔓延まで、比較的堅調に上昇した。従来の研究では、1990年代以降の日本の長期停滞において生産性が停滞した主たる原因の1つとして、ビジネス・ダイナミズム(市場競争等を通じて、生産性の高い企業や事業所が参入・拡大し、生産性の低い企業や事業所が退出・縮小することにより企業間や事業所間の資源配分が効率化するメカニズム)の停滞が指摘されてきた。生産性が比較的順調に上昇したアベノミクス前期において、ビジネス・ダイナミズムはどれほど機能したのだろうか。日本における企業間や事業所間の資源配分については、既に多数の先行研究が存在するが、非製造業の分析に主に使われてきた『経済産業省企業活動基本調査』は、小規模な企業が含まれていないこと、対象とする産業が限られていることなどの深刻な問題がある。この統計を使って非製造業を分析する場合には、従業者数や売上高で見て、日本全体の活動の2割から4割程度しか捉えられない。そこで本論文では、農林漁家と政府活動以外のほぼ全ての産業をカバーする悉皆調査である『経済センサス-活動調査』の調査票情報を使って、2011-15年における労働生産性とTFPに関する本格的な生産性動学分析を、日本で最初に行った。

ミクロデータを集計したTFPは、2011-15年に年率平均(以下同様)で2.8%上昇した。図1から分かるように、内部効果(各企業内でのTFP上昇の集計値)は小さな負の値であり、TFP上昇に最も寄与したのは、共分散効果(TFPが上昇した企業が産業内での付加価値シェアを増やした効果)と、参入効果であった。業種転換効果は、産業転換した企業が退出した産業では負である一方、参入した産業では正であった。

図1.生産性動学分析によるTFP上昇の分解結果:2011-15年、年率
図1.生産性動学分析によるTFP上昇の分解結果:2011-15年、年率

TFP上昇の源泉を内部効果と他の全効果の合計(これは参入・退出を含む企業間の資源再配分の効果全体を表しているため再配分効果と呼ぶことにする)に大別すると、再配分効果が、この時期の日本の生産性上昇を生み出したことになる。中堅企業以上を対象とする多くの先行研究では、日本の再配分効果は停滞しているとの結果が主に報告されてきた。中小企業を含めた本論文の研究によって、日本のTFP上昇において、企業の再配分効果が意外に重要な役割を果たしていることが分かった。業種別に見ると、電気・電子、医薬品などR&Dが重要な役割を果たしている一部の製造業では、内部効果が大きかった。しかしその他の製造業や大部分の非製造業(図2参照)では、再配分効果がTFP上昇の主な源泉であった。

図2.JIP産業分類別に見たTFP上昇の要因分解結果:2011-15年、年率、非製造業
図2.JIP産業分類別に見たTFP上昇の要因分解結果:2011-15年、年率、非製造業

なお、最近の欧米におけるビジネス・ダイナミズムの研究では、企業間の生産性格差の拡大、GAFAなど巨大企業のシェア拡大による市場集中度の高まり、マークアップ率の上昇がしばしば指摘されている。経済センサスのデータを使えば、企業間の生産性格差や、市場集中度、マークアップについても詳細な産業別に全経済をカバーする、国際比較に耐える精度の高い分析が可能である。本論文では、この問題についても調べてみた。2011-15年において、企業間の生産性格差は拡大した、一方、4桁ないし3桁産業別に事業所・企業データを使って市場集中度を計測すると、集中度は下落したことが分かった。また、おそらくは円安を反映して、製造業において輸出比率の高い業種で平均マークアップ率(売上高を総費用で割った値)が上昇した。

以上のような分析結果から、アベノミクスの下では、市場集中度の低下と市場の競争圧力の向上がTFPとマークアップの上昇をもたらした可能性が高い。市場競争を活発化させて、生産性が高い企業のシェアを拡大させる一方で、規模は小さくてもより創造的な企業がリスクをとって活発な設備投資、R&D投資を行うことで、生産の海外移転等により高生産性企業が市場から退出することによる負の退出効果を相殺し、内部効果を高めることで、日本経済が成長軌道に回復することを期待したい。