ノンテクニカルサマリー

IT化と生産性、国内外の企業内資源配分

執筆者 金 榮愨 (専修大学)/乾 友彦 (学習院大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

2020年からの新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、テレワークをはじめとして企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が喫緊の課題となっている。DXを推進するためには、その基盤となるITシステムの基盤を整備する必要がある。IT化の進展が企業の生産性の改善に貢献することは多くの先行研究で確認されているが、この生産性の改善は新製品の開発、企業内資源配分の改善等によってもたらされるものと考えられている。

日本の製造業全体における事業所レベルのTFP上昇率を分解分析してみると(図参照)、TFP上昇率低下の主要因は内部効果(Entry Effect、工場内部におけるTFP上昇が全体のTFPに与える影響)の低下である。一方、TFP上昇率にプラスに寄与しているのが共分散効果(Covariance Effect、TFP上昇率の高い事業所において産出が同時に増加することによる全体のTFPに与える影響)である。これはTFPの上昇率が高い事業所の生産を増加させることに起因する。このように日本企業のTFPの上昇率の源泉が内部効果から生産要素の再配分に代わっている可能性を指摘することができよう。

本研究では、IT化が企業内資源配分によってTFP上昇率の向上を実現しているかどうかを、IT化が生産性に与える効果、国内外の生産体制に与える効果の分析を通じて考察してみた。その結果、IT化の進展が進んでいる企業において、TFP上昇率が高いことが確認された。次にIT化の進展と海外事業所との分業の関係を調べるため、IT化が海外関係会社との内部取引(具体的には海外関係会社への輸出、関係会社へのモノ以外のサービス輸出、関係会社からの輸入、関係会社からのモノ以外のサービス輸入など)を促進するか検証したところ、IT化と企業内国際取引の間にはプラスで有意な関係があることが判明した。またIT化の進展している企業において、海外事業所の設立、その雇用者の増加や、海外において研究開発支出が増加している。すなわち、IT化の進展と海外関係会社の分業の進展に関係があることが判明した。IT化の進展と国内事業所の生産性、雇用者数、閉鎖、事業転換の関係を検証したところ、IT化の進んでいる企業は、生産性の高い事業所の国内雇用者数を増加させる一方、生産性の低い国内雇用者数を減少、工場を閉鎖させていることを示唆する結果が得られた。これらの結果は製造業全体でTFP上昇率の高い事業所において生産を増加させることによってTFPの改善が達成されている事実と整合的である。

図 事業所のTFP上昇率の分解(事業所レベル、製造業)
図 事業所のTFP上昇率の分解(事業所レベル、製造業)
出典:「工業統計調査」により著者作成。

現在、政府は経済・社会のデジタル化の進展を重要な政策課題としているが、本研究が示唆するとおり、IT化の進展が企業の生産性を改善し、国内外の生産体制の再編成にプラスに貢献する可能性がある。ただし、中小企業については国内外の生産体制を再編成するのは困難であり、IT化の進展のメリットを享受することは難しいものと考えられる。そこでIT化の進展を促進する政策に加えて、事業の再編成、事業転換をバックアップする政策が別途必要となってくるものと考えられる。